第29話 楽園

「いっただきまーす……はむ…ん~超ジャンキ〜!」


 俺と鈴乃はあれからふらふらとご飯屋さんを見て回り、最終的にはハンバーガーのファストフード店でご飯を食べることにした。


 普段はバランスのとれた食事を心がけている鈴乃だが、普段外食をほとんどしないせいか、出掛けた時はこういうジャンキーな食べ物を食べることがかなり多い。小さい頃ハンバーガー屋さんに目を輝かせていた鈴乃が昨日のことのように思い出される。


 美味しそうにハンバーガーへと食らいつく鈴乃を見ているとまだまだ子供だなぁと思ってしまう。ただその子供っぽさも鈴乃の可愛さを惹き立てる一つの要素になっているので、見ているこちら側からするとただただ可愛いなぁという感想しか湧いてこない。俺、後方腕組お兄ちゃんとしてこれからも生きていくんだ。


「鈴乃、口元ソースついてる」


「へ?……んっ……ありがとお兄ちゃん」


「どういたしまして」


 鈴乃はハンバーガーが好きだが、食べること自体はあまり得意じゃない。特段汚いというわけではないが、時々口元を盛大に汚してくる。俺はそれを微笑ましいなぁと思いながら紙で口元に付いていたソースを優しく拭き取る。


 あっ、つい昔からの癖で拭いちゃったけど人前でこれやられるの流石に恥ずかしかったか。高校生にもなってこんなことされるのは流石に嫌だよなぁ……次からは気を付けないと。


「お兄ちゃん」


「ん?どうした鈴」


「この後どうする?一応見たいところは見たから、次はお兄ちゃんの行きたいとこ行こうかなって思うんだけど」


「俺?」


 突然提案された内容に俺は頭を悩ませる。


 まじか、全然行きたいところとか考えてなかったなぁ。別に俺洋服とかに興味ないし、見たいところも特段ないんだよねぇ……。


「ん-鈴乃は他に気になるところとか無いのか?」


「うーん…今のところ無いかなぁ。欲しいものは買えたし、洋服も買って貰っちゃったから次はお兄ちゃんの番かなって。私だけが楽しんでても仕方ないでしょ?」


 あらやだすごい良い子。でも今はその優しさがすごく困る。今日の俺は鈴乃の行きたいところについていくことしか考えてないのだ。


「そうだなぁ……」


 かと言って「特にないから鈴乃に任せるわ!」という発言はNG、今この場で一番言ってはいけない言葉TOP3に入る。でも「俺も洋服見に行きたいんだよね」と言うと鈴乃に着せ替え人形にされる可能性が高いし、楽しんでもらえるなら良いんだけどこちらの精神的疲労と周囲の目を考えた時にあまりいい選択肢ではない。


「あっ」


 あれこれ考えていると天啓が降り注ぐように言ってみたい場所が一つ思い浮かぶ。


「遠慮しないでいいからね!」


 言うのは恥ずかしいけどまぁ鈴乃……妹にならば言っても問題ないか、というか鈴乃だからこそ頼めるお願いかもしれない。


「実は──────」







「にゃあーん」


「か、かわいい…!」


 パシャリと写真を撮り、頬を緩ませる鈴乃。俺と鈴乃は現在猫カフェに訪れている。前々から行ってみたいなぁという気持ちはあったのだが、一人で行くのは勇気が必要すぎるため敬遠していた猫カフェ。鈴乃とならば怖くない、ということで鈴乃に提案という名のお願いをしたところ二つ返事で了承してくれた。


 ……ここは天国か?部屋のあちこちで猫……にゃん様がくつろいでいる楽園、俺はとうとうこの楽園に足を踏み入れることが出来たというのか……幸せだ。


「見てお兄ちゃんあの子めっちゃ可愛い!」


「確かに、あの子めっちゃ可愛いな」


 ビシッと鈴乃の指をさした方向を見るとそこには宝石のように輝く水色の瞳を持った白猫の姿があった。白い毛が目立つからというのもあるのだろうが、他のにゃん様と比べてどこか上品というか、気高い印象を抱かせる。 


「にゃ~」


「あっ、どうもこんにちは」


「手の匂いを嗅がせるのが挨拶らしいぞ」


「そうなんだ……こうかな?」


 鈴乃は近寄ってきたにゃん様におずおずと手を近づける。


「にゃ~」


「っ!…か、可愛すぎる……」


 君君と匂いを嗅いだ後、にゃん様は鈴乃の手に体をスリスリと擦り付け始める。鈴乃はにゃん様を撫でながら可愛さに悶絶、口元を手で隠してはいるものの頬が緩み切っているのが簡単に想像できる。俺はスマホを取り出しにゃん様と触れ合っている鈴乃の姿を写真に収める。うむ、最高の一枚だ。


「にゃ~」


 声のする方へと視線を向けるとそこにはこちらへと近寄ってきたにゃん様の姿があった。


「おー…可愛いなぁ」


 俺は鈴乃と同じように手をそっと近づけて匂いを嗅がせる。


「にゃ~」「にゃ~お」「にゃ~ん」


「……おっ?おっ?お~?」


 一番最初に近づいてきたにゃん様にお許しをいただいた俺は優しい手つきで毛並みを堪能していると、次々にスタッフのにゃん様が俺の近くに寄ってきた。胡坐をかいていた俺の足の上にととっとリズムよく乗っかてくるにゃん様や、太もも辺りに体を擦り付けるにゃん様など、俺の周りはいつの間にかにゃん様たちに囲まれていた。


 楽園って本当に存在したんだ……!父さんの言っていることは間違いじゃなかったんだ……!


「やっば~!めちゃくちゃ良いんだけど!何この神がかった構図、やばい超やばい~!」


 にゃん様を撫でるのに夢中になっていたが、後ろから鈴乃の楽しそうな声が聞こえてくる。良かった鈴乃も猫カフェを楽しめてるみたいだ……でもほとんどのにゃん様が俺のところに来てるけど大丈夫かな?ま、まぁ他にもにゃん様は入るし、口ぶり的に写真を撮ってるみたいだから大丈夫か。


「にゃ~」


「はいはいちょっと待ってね」


「な~お」


「はいはい分かった分かった」


「んな~」


「はいよしよしよしよし」


 先ほどからにゃん様たちが撫でろ撫でろと急かすように鳴くせいで俺は大忙しだ。右手と左手をフル回転させ、にゃん様たちが満足するまでひたすらに撫でていく。


「……可愛かったぁ」


 満足したのかにゃん様たちはどこかへと行ってしまった。非常に満足したが俺の両腕はもう無理と悲鳴を上げていた。休むことなく撫で続けていたから仕方ないことだとは言え筋肉痛になるのではないかと思ってしまうほどに痛い。うわ、俺の身体貧弱すぎ!?……ま、まぁ流石に筋肉痛になることは無いだろう。……多分。


「……にゃー」


「ん?」


 にゃん様たちと触れ合えたことに満足し、そろそろ椅子に座って飲み物を飲もうとしたその時、呼び止めるような声が横から聞こえてくる。首を声のする方に向けると一番最初、鈴乃が可愛いと指さしていた白猫がこちらにてくてくと歩いてきていた。


 近くで見ると確かにお金持ちが飼ってそうな気高い感じがするなぁ……。


 まじまじと見ていると、白猫はピタリと俺の足の前で止まる。とりあえず匂いを嗅がせるのが良いかと考えた俺は白猫に手を伸ばそうとする。が、次の瞬間白猫はととっと俺の足を駆け上っていき俺の首元に顔をスリスリと擦り付けてきた。


「どうしたんだ~?甘えんぼさんか~?」


 あまりの可愛さに俺の語彙力が溶けて消える。俺は白猫を優しく撫でながら、子供に話しかけるように優しい声音で話しかける。すると返事をするかのように耳の近くでゴロゴロという声が聞こえてくる。


「よしよーし、可愛いなぁお前は」


 それからしばらく白猫を撫でると、満足したのか先ほどのにゃん様達と同じようにどこかへと歩いて行ってしまった。


「はぁ……天国だぁ……」


「わかる……」


 ぽつりと呟くと近くにいた鈴乃が俺の言葉に心から同意してくる。にゃん様たちに夢中であまり見ていなかったがおそらく鈴乃もにゃん様たちを堪能したのだろう。非常に満足げな表情を浮かべている。


 猫カフェ、初めて来たけどめちゃくちゃ天国だな……今度また一人で来ようかしら……。








「はぁ……今日は楽しかったなぁ」


 ぽすんとベッドに倒れこみ、今日一日の出来事を噛みしめる。


「久しぶりにお兄ちゃんと出掛けれたし、それに──────」


 私はスマホを開き、写真アプリを開く。


「お兄ちゃんの写真をめちゃくちゃ撮れたし……最高の一日だった……」


 お兄ちゃんの写真を次々に見ていく。もう……ただただかっこいい。次々にスワイプしていき、最後の写真に到達する。


「この写真の破壊力やば~……」


 首元にすり寄る白猫を優しい表情で受け入れるお兄ちゃん。この写真が今日一の物であるのは言うまでもない。正直この瞬間を収めたあの時の私を褒めちぎりたい。


「このお兄ちゃんの表情やばすぎる……」


 白猫さん、そこ代わってください。と言いたくなるくらいにこの時のお兄ちゃんの表情は優しく、それでいて非常に甘い。もしこの表情で迫られたら私の理性は0.01秒で吹き飛ぶ自信がある。


「はぁ……幸せだぁ……んふふ~」


 厳選した写真をお兄ちゃんコレクションに入れながら私はだらしない笑みを浮かべるのだった。

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