第88話 人吸い
夏祭りを楽しみ、鈴乃との仲直りも出来た俺はいつもよりも穏やかな気持ちで過ごすことが出来ていた。夏休みも残りわずかだが、俺は前世の教訓を元に計画的に宿題を進めていた。
そのおかげもあってか、既に提出物の空欄はなく、丸付けまで終わっているという完璧な状態になっている。
前世の知識を使い無双するなんてことはしないが、このくらいの事に使うくらいなら全然問題ないだろう。夜な夜な宿題と向き合うなんて地獄はもう二度と体験したくないからね……。
睡眠不足に、手と腰の激痛、おまけに頭痛までついてくるというアンハッピーセット。良くあんな苦行に耐えれてたなと過去の自分に感心してしまう。
ここ最近は肝試しに夏祭りとイベントが連続で来てたから後の休みは家でのんびりしようかな。課題をやらなければという焦燥感もないし、俺はエアコンの効いた部屋で自堕落な生活を満喫するのだ……。
「……鈴、そんなにくっつかれると暑いよ」
「お兄ちゃん暑いの?エアコンの温度下げる?」
「いや、下げなくていいよ。気遣ってくれてありがとな」
「えへへ~」
俺の膝の上に座り、ぎゅうと抱き着いてくる鈴乃に離れるようお願いするも、俺のお願いはまるで聞こえなかったかのようにスルーされる。
鈴乃と仲直りが出来たことは非常に嬉しいが、ここ数日会話すら出来ていなかったせいか、朝から俺にくっついてきている。今までの様に話したり、触れ合えたり出来るのは嬉しいのだが流石に距離が近すぎる。
先ほどからすぅはぁすぅはぁと俺の首元に顔をうずめて匂いを嗅いだり、猫の様にスリスリと頭や頬を擦り付けてきたりしてくるのだ。
「臭くは無いと思うけど……いい匂いはしないと思うぞ?」
「分かってないなぁお兄ちゃんは。お兄ちゃんの匂いは…すぅ……すんごく良い匂いが…すぅ……するんだよ?それに…すぅ……すんごく落ち着くし…すぅ……幸せな気持ちになる……すぅ…」
「さ、さいですか」
匂いを嗅ぎながら言われると説得力がすごい。匂いねぇ……特に何もしてないから柔軟剤の匂いかボディソープの匂いがするくらいだと思うんだけどなぁ……。
それとも人の匂いを嗅ぐという行為自体に気持ちが落ち着いたり、幸せな気持ちになったりする効果があるのか?どうなんだろ、実際に試してみないと分からないな。……ちょっと試してみるか?
実際にどうなのかという好奇心を抑えられなかった俺は丁度いい位置にある鈴乃の頭に鼻を近づけて大きく呼吸をする。
「っ!?!?お、お兄ちゃん!?」
あっ……確かにこれちょっといいかも。鈴の言ってたことなんとなく分かる気がする。
心がふわりとするような甘い香りに、体が徐々に弛緩していく。心地よさと安心感が同時に押し寄せ、心が満ち足りていくような感覚を覚える。
「お、お兄……ちゃん……!」
匂いを嗅ぐことに夢中になっていたせいで、鈴乃の呼びかけに気付くのが遅れる。はっと我に帰り、目を開くとそこには頬を赤らめ、恥ずかしそうに見上げる鈴乃の姿があった。
「ご、ごめん鈴!つい気になっちゃって……嫌だったよな、ごめんな」
慌てていつの間にか鈴乃の背中に回っていた手を離し、謝罪の言葉を述べる。お、俺は一体何をやっているんだ!?こんなことを大切な妹にするとか最低すぎるだろ!?
「べ、別に嫌なんて言ってない……ただちょっと心の準備が出来てなかっただけだから!」
「そ、そうか…?」
嫌じゃないのか……って何を考えてるんだ俺は、こんなことしちゃいけないだろ。正気を取り戻せ俺、妹の匂いを嗅ぐ兄なんていないだろ。鈴は優しいから受け入れてくれてるのであって、普通こんなことしたら絶対に嫌われるからな、もっと冷静になれ俺。
「ちょ、お兄ちゃん!?」
「大丈夫、ただの戒めだから」
俺は両手で自分の頬を思い切り叩く。正気を取り戻すにはこれ(物理)が1番だからね。
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