第87話 あの花のように
なんでお兄ちゃんがここに……もしかして私のことを探しに……
私は目を見開きながらお兄ちゃんのことをじっと見つめる。久しぶりに見た気がするお兄ちゃんの笑顔。嬉しさか、それとも別の感情のせいかよく分からないが私の心臓の鼓動が少し早くなるのを感じる。
「な、なんでここにいるの?お兄ちゃんは美緒先輩達と回ってたはずじゃ……」
「実は白川と偶然出くわしてさ、鈴とはぐれたって聞いたから探すのを手伝ってたんだよ」
「そう……だったんだ」
そうか、椿は私の事ずっと探し続けてたんだ……す、すごく申し訳ない。
私のことを心配してくれている友達を放り出して、お祭り会場から抜け出してしまったことにとても罪悪感を覚える。後で椿には謝っておかないとなぁ。
「屋台があるところは一通り見て回ったんだけど見つかる気配が無かったから、もしかしてって思ったんだけど……予想は当たったみたいだ」
へらりと笑うお兄ちゃんを見て、私も自然と笑みを浮かべる。ここ数日険悪な空気が漂っていたとはおもえないほどに、今は自然と会話をすることが出来ている。
……もしかしなくても謝るなら今がチャンスなのでは?
周囲に人はおらず二人きり、お兄ちゃんも今は私のことを避けている様子はなく、私の目を見てしっかりと会話をしてくれている。仲直りするにはうってつけの機会である。
……分かっている、今ここで話を切り出した方が良いと頭では分かっている。それなのに中々切り出すことが出来ない。まるで喉元を鎖で締め付けられているかのように、伝えたい言葉が胸の辺りで留まってしまう。
早く伝えたい、謝りたい、仲直りしたい。その思いだけが体内に溜まり続け、もどかしさと切なさが私の心臓をきゅっと締め付ける。何故、どうして。伝えたいのに、伝えなきゃいけないのにどうして私の身体は動いてくれないの?
ぐっと拳を握り、情けない自分への怒りと「早く謝れ」という激励を自分に投げかける。ここで言わないとタイミングを逃して引きずってしまう可能性がある。お兄ちゃんとのこの状況を長引かせたくなんてない。言わないと……ここで言わないと……!
「なぁ鈴、ちょっといいか?」
「へ……う、うん。何?お兄ちゃん」
「……約束、守れなくてごめん。それと不快な思いにさせちゃってごめん」
お兄ちゃんは私に向かって深々と頭を下げる。
「……ううん、私の方こそごめんね。お兄ちゃんにすごい冷たい態度を取っちゃって……すごい嫌な気持ちにさせたと思う」
お兄ちゃんの謝罪の言葉を聞いた私は自然と口が動いていた。溜まりに溜まった感情を一気に吐き出すように私はお兄ちゃんに謝罪の言葉を告げる。
「……はははっ」
「……ふふっ」
しばしの間、周囲は沈黙に包まれたが、その沈黙は気まずさや居た堪れなさとは大きくかけ離れた物だった。その証拠にその沈黙は私とお兄ちゃんの笑い声によってあっという間に崩れ去る。
「改めてごめん、約束破っちゃって」
「ううん、私の方こそ。ついかっとなっちゃってごめん」
仲直りをすることができ、胸が一気に軽くなる。やっとお兄ちゃんと話をすることが出来る。やっとお兄ちゃんに甘えられる。そう考えた途端に眠りこけていた元気やお兄ちゃんに甘えたいという欲求が急に目を覚まし、活発に働き始める。
「それじゃあ戻るか、皆も待ってるだろうし」
「うん……ねぇ、お兄ちゃん」
「どうした?」
「疲れたからおんぶして?お祭りの会場に着くまででいいから」
「分かった」
私はお兄ちゃんの背中に身を委ねる。車とも電車とも違う独特な揺れだが、その揺れが私の心を落ち着かせてくれる。久しぶりのお兄ちゃんとの触れ合いに私は感情の高ぶりを抑えきれず、お兄ちゃんの匂いを嗅いだり、自分の頬や頭をスリスリとお兄ちゃんに擦り付ける。
「お兄ちゃん、よく私の場所が分かったね」
しばらくお兄ちゃんの匂いや感触を堪能した後、私はお兄ちゃんに声を掛ける。普通であれば私がここにいると分からないはず。それなのにどうしてお兄ちゃんは私がここにいると分かったのだろうか。
「鈴は小学生の時のこと覚えてるか?ほら、鈴とはぐれちゃったときのこと」
「っ……うん、覚えてるよ」
「あの時と同じでお祭りの会場全部を探しても見つからなかったからさ。だからもしかしたらここにいるんじゃないかなって思ったんだよ」
お兄ちゃんも覚えてたんだ……。
昔の頃の記憶はほとんど忘れてしまうのが人間の性だが、今でもしっかりと残るほど大切な記憶だと思っていることに嬉しさが込み上げてくる。
皆の所に着くまでの間、私はお兄ちゃんの体にぎゅっと抱き着く。仲直り出来たことと、お兄ちゃんが私との思い出をしっかりと覚えてくれていた嬉しさが伝わるように。
「鈴ちゃん!」
「……ごめんね椿、心配かけちゃって」
「ううん、椿ちゃんが無事で良かったよ」
その後、椿たちと合流することが出来た。はぐれてからずっと探してくれていた椿には本当に申し訳ない気持ちで一杯だ。
「いやぁ見つかって良かった!というか晴翔はどこで鈴ちゃんを見つけたの?」
「ああ、それは──────」
バン!……バババン!
私たちの会話を掻き消すように、黒い空に色鮮やかな花が咲き始める。
「丁度花火の時間に間に合ったみたいだな」
「だね!タイミング完璧すぎるよ!」
バンバンという破裂音と共に大輪を咲かせる花々を見るため、会場のほとんどの人が空を見上げる。
皆と花火を見られたのはとても嬉しい事なのは分かっている。でももう少しあの公園にいたらお兄ちゃんと二人きりでこの花火を見られたのかなという思いが脳裏をよぎる。……少しもったいない事したなぁ。
花火から視線を逸らし、花火に夢中になっているお兄ちゃんの顔を覗き見る。
お兄ちゃんの顔を見て改めて実感する、私はお兄ちゃんに家族としてではない、別の類の好意を抱いているのだと。そして気付く、小学生の頃からゆっくりと成長してきたこの感情が、今となってはほとんど収まりが利かなくなっているのだと。
「ん?どうかしたか、鈴?」
見られていたことに気が付いたのか、お兄ちゃんが不思議そうにこちらに顔を向ける。
「ううん、何でもない。花火綺麗だねお兄ちゃん」
「そうだな」
壮大な火の花々を眺めながら私は自分の思いの行く末を少しだけ想像する。……私のこの思いがあの空に浮かぶ花火みたいに、色鮮やかに咲き誇る日は来るのかな?
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