第108話 他人事でした
「鈴ちゃん今日はありがとね!本当に助かったよー!」
「いえいえ、美緒先輩の頼みならいつでも歓迎です」
「良い子過ぎる……!そんないい子には晴翔のシフトについて話しちゃおっかな!」
「…!助かります美緒先輩」
仲良さげに話をしている美緒と鈴乃を横目に俺はふぅと息を吐く。
鈴乃との接客練習が終わり、俺は感じたことのない疲労感に襲われていた。いつもより丁寧な言葉づかいで話すということ自体は問題ないのだが、そこにロールプレイが混ざると話は一気に変わる。常に意識を集中させないとぼろが出てしまう。ぼろを出さぬよう常に脳みそをフル回転させていたせいか、脳がオーバーヒートしたような感覚を覚える。役者の人ってすごいんだなぁと改めて思いました。
それと普段は猫背なせいもあってかとても腰と背中が痛い。腰と背中だけ一気に年老いたみたいな感覚がして何故か悲しい気持ちが込み上げてくる。俺一応高校生だよな……?
「ふふふ……晴翔君かっこよかったよぉ?ねね、後で理子お嬢様って言ってみてよ、一回だけでいいから」
この幽霊……人が恥ずかしさを押し殺して練習してたというのに……。
俺の近くを漂いながらからかうようにして笑う理子さん。練習中大人しくしてるなぁとは思っていたが、この感じだと笑いを堪えていた感じだろう。おのれ理子さん、後で激辛食べ物でも買ってきてたべさせてやろうかな……あ、でもそうなると俺も食べないと行けなくなるのか。……い、命拾いしたな!
「もう、そんな怖い顔で見つめないでよ執事様。かっこいいお顔が台無しだよ?」
子のやるせない気持ちを発散すべく、理子さんへ鋭い視線を送っていたのだが、カウンターと言わんばかりににやにやとした表情でこちらを見つめてくる。今俺が何も言い返せないからって……ぐぬぬ。
「でも本物の執事みたいだったしかっこよかったよ?」
「……」
「あ、もしかして照れちゃってるのかなぁ?」
今度はからかうような素振りは見えない、まっ正面からの称賛に俺は面喰ってしまう。それとほぼ同時に僅かな嬉しさと、その嬉しさとは比にならないほどの恥ずかしさが込み上げてくる。
「晴翔君は可愛いね~」
「うっさいですよ」
追い打ちをするかのように俺の周りをふよふよと浮かぶ理子さん。俺は理子さんにしか聞こえないような小さな声で毒を吐き捨てる。言い返したいのに言い返せないのがこんなにもつらいとは……。
「なぁ美緒、鈴。そろそろこれ脱ぎたいからちょっと外出てもらえるか?」
接客練習は無事に終わったのだからもうこの窮屈な服を着る必要はないと考えた俺は楽しそうに話を続けている二人に声を掛ける。この服はどうしても落ち着かないし、このまま着たままだとこの幽霊にまた何かを言われる可能性があるのだ。
「分かりました兄さん。じゃあ外で待ってま──────」
「あれ?鈴ちゃん撮影会しなくていいの?」
扉の方へと一歩踏み出した鈴乃の足が、電源が切れたかの様にピタリと停止する。そしてその直後──────
「そうだったよお兄ちゃん!!その服まだ脱いじゃ駄目だからね!私が満足するまで撮影会に付き合ってもらうから!!」
これは……暴走……!?
先ほどまでのおしとやかさはどこへやら、某人型決戦兵器の如く目をぎらつかせながら機敏な動きでにじり寄ってくる鈴乃。彼女の手にはいつの間にかスマホが握られており、既に準備万端なご様子。あなたいつの間にスマホ取り出したの。
「というわけだからモデル頑張ってね晴翔」
おい!美緒が言わなかったらこんなことにはならなかったんですけど!?この状況を作り出した張本人がなんでそんな他人事みたいな口調してるの!?……いや他人事だったわ!
こうなってしまった以上鈴乃の指示に従うしか選択肢はない。まぁ鈴乃には接客練習に付き合って貰った、その見返りとしてモデルをやるというのは納得できるし筋も通っている気がする。
俺みたいなやつの写真を撮って何が面白いのかはよく分からないがこれも愛する妹のためだ。大人しく被写体としてカメラマンの命令を聞くとしましょう。
「ふふ、頑張ってね晴翔君。なんなら私がアドバイスしてあげようか?」
口元に手を当て、にやにやとした視線を向ける理子さんに俺は頬がぴくつかせる。た、耐えろ俺……鈴のためにここは我慢するんだ……!
「じゃあお兄ちゃん!まずは──────」
その後晴翔はかなりの時間モデルとして拘束されることになったのでした。晴翔君の背中と腰、そしてメンタルがどうなったのかは言うまでもない。
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