第141話 少女は目撃する
「高橋さん、俺と一緒に踊ってくれませんか?」
「ごめんなさい、先約があるので」
何度目か分からないお誘いを作業の様に断りにこりと微笑む。私に断られた人たちは残念そうにする人もいれば、やっぱり無理かと特に何も思っていない人もいた。正直に言ってしまえば最初から断られると思っているのなら誘ってこないで欲しい。
「大変だね鈴ちゃん」
「慣れてるから平気だよ。椿も巻き込んじゃってごめんね?」
私は隣で苦笑いを浮かべながらねぎらいの言葉をかけてくる椿に、問題ないという言葉と共に謝罪の言葉を送る。
「ううん、全然気にしてないよ。むしろ役得……じゃなくて鈴ちゃんの力になれてるなら本望だよ」
私は男子たちからの誘いを断るために椿のことを利用させてもらっている。私と椿の仲が良いことは知れ渡っているため、その二人ならしょうがないかという風に諦めてくれるのだ。
「そっかありがとね椿」
「っ!?ど、どどどういたしまして!!」
私は椿の頭にすっと手を置き、絹の様に滑らかな髪を優しく撫でる。普段はこういうスキンシップはあまりしないのだが、文化祭によって私の一部理性が吹き飛んでしまっている可能性がある。ただまぁ椿に嫌がられている様子はなく、むしろ嬉しそうにしているので問題はないだろう。
普段は私も撫でられる側だけど……撫でるのもいいかもしれない。今度の休日にでも試してみるとしよう。
「そういえば鈴ちゃんは先輩と踊る予定はあるの?」
「ううん、特にそういう話はしてないんだ。でも出来れば踊りたいなぁって思ってるよ」
「そうなんだ、てっきり昨日のうちに約束してると思ってた」
「そうしたかったんだけど私昨日早く寝ちゃったからそういう話出来なかったんだよね」
高校の文化祭というものは自分の想像以上に規模が大きく、知らない間にかなりのエネルギーを使ってしまっていたらしい。ご飯を食べてお風呂に入り、のんびりしようと思っていたらいつの間にか睡魔に襲われていたのだ。
「確かに。楽しいけど疲れちゃうようね、私も昨日はいつもより早く寝ちゃったもん」
「ねー。あ、そろそろ始まるみたいだよ」
私が指をさすとほぼ同時に火が点けられる。綺麗に揺らめく炎に私は感嘆の声を漏らしながら目を見開く。
「わぁ……すごいね椿!」
「ね、こんなにすごいの初めて見たかも」
初めて見る大きな火の塊に多くの生徒がわぁと声を漏らし、そして少しすると感嘆の声は興奮が収まらないと言ったような楽しい声に変わっていった。
「はぁ……緊張したぁ……」
「ふふ、ちゃんと踊れてたから大丈夫だよ」
私と椿は最初の人達が踊った後、2巡目の時にキャンプファイヤーの周りをくるくると回った。ダンスの経験は無いが、そんなに難しい動きは無く音楽に合わせて足を動かすだけだったため難なく踊ることが出来た。
「楽しかったぁ……」
「だね、私も頑張ってる椿を見られてすごく楽しかったよ」
「褒められてる気がしないんだけど……」
「椿は可愛いなって話だよ」
「かわっ……でへへ……」
可愛いという言葉に椿は嬉しそうに頬を緩める。
「それじゃあ戻ろっか」
「うん!」
私と椿はキャンプファイヤーから離れ、元居た場所に戻ろうとする。
「っ!?」
私の身体がピタリと止まる。先ほどまで上がっていた口角が嘘みたいに下がり、私の心から楽しいという感情が一瞬で消え去ってしまう。
「……?どうしたの鈴ちゃん?」
「あ、ううん。何でもない」
私は椿の声にはっとし、何事も無かったかのように微笑み止まっていた足を再び動かす。
間違いない、あれはお兄ちゃんと茜先輩だ。
私の心が凄まじい勢いで暗闇に飲み込まれていく。嫉妬、焦り、不安、様々な感情が急激に押し寄せ、それに引っ張られるように私の心拍数は上がっていく。
キャンプファイヤーの言い伝え、少し前に耳にした何気ない会話が鮮明に思い起こされる。本人に直接聞かずとも分かる、茜先輩はお兄ちゃんのことが好きだ。そんな彼女がお兄ちゃんに踊りの誘いをするということはもうそういうことなのだ。
茜先輩が……いや……でも……。
揺れ動く炎を背景に茜先輩が告白をする姿が脳内で上映される。お兄ちゃんはどうするの?受け入れる?それとも断る?でもお兄ちゃんは好きな人いないって言ってたし、そういう素振りも見せたことも見たことも無い。けど100%茜先輩の告白を断るという確証はない。お兄ちゃんは優しいしもしかしたら流れで告白を受ける可能性がある。
ドクン……ドクン……
心臓がとてもうるさい。ぐるぐると回る思考を邪魔する様に私の心は太鼓を叩いたかのように大きな音を体中に響かせる。
「っ……!!」
音楽が鳴る。それと同時にキャンプファイヤーの周りにいる人は踊りを始める。もちろんお兄ちゃんと茜先輩も動き始めるわけだが……。
見たくない、あんなに楽しそうにしているお兄ちゃんを。まるで恋愛ドラマのワンシーンみたいな瞬間を。見たくない。嘘であって欲しい、夢であって欲しい。
良くない未来が私の頭を支配する。望まない未来が私の心を引き裂く。
もしお兄ちゃんが誰かの物になったら、私は……私は……
一体どうなってしまうのだろう。
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