第140話 後夜祭
時間はあっという間に過ぎ去っていく。あんなに綺麗に輝いていた太陽も早めの就寝時間を迎え、辺りは街灯なしでは歩きづらくなるほど暗くなっていた。18時を過ぎた段階で暗いと感じると完全に夏というものが終わり、もうしばらくすれば冬がやってくるんだなぁと季節の変わり目を覚える。
しかし夜の時間が近いというのに今日この日だけ学校は大きな盛り上がりを見せていた。グラウンドに組み立てられている大きな木の枠組み。普段の生活では滅多にお目にかかれない謎の建造物を見て多くの生徒はこれから起こるイベントへの期待を隠し切ることができていない。
俺は人が多く集まっているところから少し離れ、キャンプファイヤーが始まる様子をぼんやりと眺める。あれだね、こういう皆が盛り上がっている中1人静かにその光景を眺めているとスカしてる俺かっこいいみたいなやつと思われないか心配だなぁ……。別にそんなことは思ってないですからね?俺はナルシストじゃないですからね?
「お、お待たせ!晴翔君」
そう、俺がこうして群衆から離れているのにはちゃんと理由があるのだ。昨日文化祭を一緒に回った時にキャンプファイヤーで踊ろうと茜先輩から誘われ、その待ち合わせとしてこうして合流しやすい位置に突っ立っているのだ。
「自分もさっき来たばっかなんで全然待ってないですよ」
「そうなんだ、なら良かった」
俺は待ち合わせの時に使われる言葉ランキング堂々1位の言葉を並べ、茜先輩に変な気遣いをさせないようにする。この言葉を思いついた人ってすごいよね、これ本当に使い勝手良いわ。
「もうちょっとしたら火点けるみたいなので早速行きましょうか」
「うん、そうしようか」
俺と茜先輩は群衆の方へと向かって歩き出す。茜先輩の距離感がちょっとおかしくなっていることに何か言おうか迷ったが、俺は気づかないフリをして当たり障りのない会話を展開した。
「わぁ……すごいね晴翔君」
間も無くしてキャンプファイヤーの火が灯される。綺麗に組み立てられた木々を燃料に赤い輝きを放つ炎に多くの生徒が魅了される。俺と茜先輩もその例に漏れず、驚きの声を漏らしながらゆらゆらと揺らめく炎に目を奪われる。飛んで火に入る夏の虫、なんて言葉があるが確かにあの光には吸い寄せられてしまう気がする。
「これを囲んで踊るんだよね?私踊った事ないけど他の人から笑われたりしないかな?」
「大丈夫ですよ先輩、多分踊ったことのある人の方が少ないんで」
「確かに、そうかもしれないね」
ここにいる人で華麗な踊りを披露できる人間は10人いるかいないかくらいだろう。もしここでステージで踊る時のようなキレキレのダンスを披露する方が目立つのは間違いない。それはそれで面白そうではあるんだけど……流石にそんな猛者はいないかな。
「どうやら第一陣が来るみたいだよ。勇気あるねぇ」
男女のペア、あるいは女の子同士で複数のペアが火を囲み踊り始める。陽気な曲と共にぎこちない動きでゆっくりと炎の周りを回り始める。
「いやぁ……私もとうとう引退かぁ……」
「お疲れ様です、先輩」
「うむ、苦しゅうない……って言っても部長らしいことはほとんどやってないんだけどね」
肩をすくめながら茜先輩はおどけたように言う。今年は1年生が多く入り、活発な印象があったが去年は3年生が抜けた後俺と茜先輩と青葉の3人しか所属していなかったため部活らしい活動は行えていないのである。
「それでも茜先輩は廃部になりそうだった文芸部を守ったっていう実績があるじゃないですか」
「あの時晴翔君を拉致ったのは英断だったね、あの時の私を褒めてあげたいよ」
「拉致られた本人の前でそれ言いますか……」
「いいじゃないか、私の数少ない後輩の1人になれたんだから光栄に思うと良いさ」
「そうっすね」
「む、適当だなぁ」
喧騒と静寂の境目で俺と茜先輩は思い出話に花を咲かせる。部活らしいことは何一つできていないが、茜先輩と過ごした時間というのは意外と長い。そんな茜先輩ともこれからは会う機会は減ってしまう、彼女はこれから受験というものに向き合わなければいけない時期に入るからだ。
「いやぁ……部室ではのんびりしてた思い出しかないけど、それはそれで良いものだと思わないかい?」
「……お茶飲んだりお菓子食べたりしながらダラダラしてた記憶しかないっすけど、確かに良いかもしれないですね」
「ふふ、そうだろう?……お、どうやら第二陣も終わったみたいだ」
先ほどまでクルクルと炎の周りで踊っていた人達がゆっくりと炎から離れていく。余韻に浸り、まだ離れない人、見つめ合いながら何か話し合っている人も見受けられる。これが青春ってやつか……ま、眩しい。
「その……晴翔君!」
俺の耳の中で茜先輩の大きな声が反響する。一体何事かと茜先輩の方を振り向くと、先ほどまで座っていた茜先輩はゆっくりと立ち上がり俺の方へと手を伸ばす。
「わ、私と……踊ってくれません…か?」
花が萎んでいくかのように茜先輩の声は小さくなっていき、最初は真っ直ぐこちらの瞳を捉えていた茜先輩の目は声が小さくなるに比例して、どんどん下を向いていく。
そんな茜先輩を見てこういうお誘いは男からするべきなのかもしれないなぁなんていう考えと共に、悪いことをしてしまったという後悔が頭の中で生まれる。
「もちろんですよ先輩、さぁ行きましょうか」
が、俺は頭の中で巡り始めた考えを一蹴し茜先輩の手を取る。ここで反省をしているよりも茜先輩に楽しい思い出を作ってもらった方が良いし、最後は互いに楽しかったと笑い合いたいからね。
「っ!……う、うん!」
少し強引と思われたかもしれないが、俺は茜先輩の手を引き炎の近くへと足を動かす。
「さぁ、踊りましょうか先輩。足ひっかけて転ばないでくださいね?」
「余計な心配だよ晴翔君、私がそんなミスをするはずないじゃないか。そっちこそ転ばないように気をつけたまえよ?」
俺と茜先輩は軽口を叩き笑い合う。陽気な音楽が流れると同時に俺と茜先輩はほぼ同時に足を動かす。お互いに初めてということもあり、ぎこちなさは残るが音楽に合わせてくるくると炎の周りを回る。
炎の熱のせいで体の感覚が刺激されているからか、茜先輩と密着している部分が妙に意識される。ダンスだから仕方がないと頭で言い聞かせるも、逆に意識してしまい俺の動きは徐々にぎこちなさを増していく。
茜先輩にからかわれるかと思ったが、どうやら茜先輩も俺と同じ状況に陥ってしまっているのか先ほどよりも動きがぎこちない気がして仕方がない。
「「……」」
互いの瞳が交錯する。言葉にはしていないがお互いに幾ばくかの気まずさを抱いているせいで先ほどまでの軽口を言い合ったときの空気感とは違い、今すぐにでも逃げ出したくなるような羞恥心が炎の様に燃え上がり始める。なにこれ……超気まずいし恥ずいんだけど!?
しばらく無言のまま俺と茜先輩はゆったりとした動作で踊り続ける。今で丁度半分くらいだろうか、もう少しすればこの気まずさから解放される。楽しい思い出を作ってもらおう、なんて考えてたけど……ごめん、ちょっとこれは無理そうだわ先輩。
「……晴翔君」
「は、はい?どうしました先輩」
突然茜先輩から声が掛かる。
「あの時……私が無理やり文芸部に誘った時に、私の我儘を聞いてくれてありがとう。晴翔君がいなかったら私はきっとつまらない学校生活を送っていただろうし、こうして清々しい気持ちで引退を迎えることは出来なかっただろう」
茜先輩から感謝の言葉が紡がれる。彼女の表情からこちらをからかっている様子は見られず、彼女の一言一句は正真正銘彼女の本心だろう。
「そんなことないですよ、俺が文芸部に入らなかったとしてもきっと茜先輩はなんとかしてましたよ」
俺は茜先輩の言葉にそんなことはないと返す。茜先輩なら俺が入らなかったとしてもなんとかして誰かを文芸部に引き入れていただろう。その誰かが偶然俺だっただけで俺はほとんど何もしていない。
しかし茜先輩は俺の言葉に首を横に振る。
「晴翔君だからここまで楽しかったんだよ。晴翔君と話す時間、くだらないことを言い合う時間、あの何気ない日常が私の宝物だよ」
「……そう、ですか。……茜先輩の青春を面白く出来たのなら後輩としては嬉しい限りですよ」
まっ正面からの言葉に俺は言葉が詰まる。理子さんの時もそうだったがまっ直ぐ感謝を伝えられると困る。こういう時になんて言葉を返せばいいのか分からないよ俺。
「うん、私も晴翔君と出会えてよかったと思っているさ」
ピタリと曲が止まる。俺と茜先輩は周りの人達と同じようにゆっくりと動きを止め、密着していた体を離す。
「ねぇ、晴翔君。私────────────」
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