第139話 一周回って
「お、晴翔……ってなんかあった?」
教室に戻ると颯太が俺に気付き声を掛けてくる。
「いや、何でもないよ。文化祭終わっちゃったなぁって思っただけ」
「確かにお祭りが終わった後ってなんか寂しいよなぁ。まぁでもまだ後夜祭もあるわけだし、テンション上げてこうぜ」
「だな」
颯太は俺の様子が普段とは違う事に気が付いたが、俺のとっさの嘘に納得したのかそれ以上は何も追及することは無かった。しばらく談笑した後、颯太は同じ部活動の人達が集まっているグループに呼ばれたためそちらの方へ歩いていった。
「好きな人がいるからです」
少し前の情景がフラッシュバックし、鈴乃の言葉が脳内で反芻される。長年一緒に居るから分かるが、あの時の鈴乃の声音は嘘をついている時の物ではなく本当のことを言っている時の物だった。
すぅ……いつの間にか鈴乃が大人になっててお兄ちゃんちょっと動揺が隠しきれないよ……。
俺はサングラスをかけた某特務機関の最高司令官の様に手を組みながら鈴乃のことについて考えをこれでもかと巡らせる。
鈴乃の好きな人って一体誰だ?というか好きな人が出来た素振りなんてあったか?てことはつい最近好きな人が出来たってことなのか?あれか?文化祭マジックにかかったのか?
疑問が次から次へと溢れてくるのにそれらの答えは一つも浮かび上がってこない。そのせいで俺の頭の中はおもちゃで遊び終わった後の子供部屋くらい色々な考えが散乱していた。
いやまぁね?鈴乃は可愛いからモテるのはそれはもう痛いくらい知ってますよ?小学校でも中学校でも鈴乃は男女問わず人気者でしたからね、俺はそれを間近で見てきましたからね。
鈴乃が好きになる人……一体どんなイケメンなんだ……?どんだけ顔が良くて頭が良くて運動が出来るんだそいつは?だってあの恋愛に興味が無かった鈴乃が好きになるんだぞ?絶対イケメンに決まってるよな……。
俺は鈴乃の好きな人像を脳内で構築していく。高身長で運動神経抜群、頭脳明晰で周りからの信頼が厚い。多分俺が想像してるのよりもそいつは高スペックな人間なのだろう。というか高スペックな人間じゃないとお兄ちゃん鈴乃との交際は認められません。
でも……ついに鈴乃にも好きな人が出来たのか。俺は兄としてそれを喜ぶべきなのだろうけど……す、素直に喜べない……。
「どうしたのさサングラスおじさんみたいなポーズして」
「何そのあだ名……いや間違ってはないんだけどね?」
俺は某総司令官をひどい呼び方で呼ぶ美緒に対してツッコミを入れる。間違ってはないんだけど普通フルネームか下の名前で呼ぶかのどっちかじゃない?サングラスおじさんって多分海外だったらそこら中にいるよ?
「まぁまぁおじさんのことは置いておいて」
「サングラスを入れろサングラスを。それだとただのおじさんになっちゃうだろ、あの人一応偉いんだぞ?」
「どうしたのさそんな浮かない顔してぇ~。告白して振られちゃった?」
俺のツッコミを華麗に無視し、美緒は絶妙にうざい表情をしながらこちらの顔を覗き込んでくる。
「俺が恋愛とは縁がないことを知ってるだろ?……まぁ別に大したことじゃないから気にしないでくれ」
「いや、私が気になるから話してみて?」
「えぇ……」
こういう時大抵の人は引き下がるのだが、美緒は俺のことはお構いなしに話を引っこ抜こうとしてくる。
「ちなみに話したくないって言ったら?」
「無理やりにでも口を割らせる」
「えぇ……(2回目)」
女子高生らしからぬ言葉を吐いた美緒に俺は困惑の声を漏らす。なんか今日当たり強くない?
「まぁ別に良いけどさ。実はさっき──────」
俺は鈴乃が校舎裏に呼び出され、告白されている所を目撃したことと鈴乃が好きな人がいるという発言をしたことを美緒に話す。
「それでついに鈴にも好きな人が出来たんだなぁと感慨深さを抱きつつ、ついにこの時が来たかという感傷に浸ってたところだったんだよ……って美緒?」
美緒は俺の話を聞いてからまるで外れの柿を食べた時のような渋い顔で俺を見つめていた。事の顛末を分かりやすく説明したつもりだったけど……俺の説明そんなに分かりにくかった?
「はぁ……なんかもう一周回って呆れちゃうよね」
「確かに俺は鈴のことを大切に思ってるし鈴乃に彼女が出来るのは兄としては複雑な気持ちだよ。けど俺も鈴ももう高校生だし、鈴が選んだ男ならやっぱり応援しなくちゃなってなんとか気持ちを切り替えてるところだから問題ないと思うぞ」
「……ふんっ!!」
信じられないと言った顔を浮かべた美緒は自然な流れで俺の頭にチョップを入れる。しかも優しい奴ではなくかなり強めの奴を喰らわせてきたのだ。
「った!?いきなりチョップするとかどういうこと!?今の流れでチョップするとこあった!?」
「全部だよ、ぜ・ん・ぶ!なーんでこう晴翔は普段気遣いできるくせに変な所でニブニブなのさ!」
「えぇ……俺が鈍い要素あった?」
「はぁ……そこからか……もう一周回って笑いが込み上げてくるよ」
「……さっきも一周回ってなかったか?」
「2周回ったの、それくらい言わなくても分かるでしょ!」
2周も回ることある?二度の人生で2周回った人今日初めて見たよ?
何故怒られたのか分からないまま俺はチョップされたところを優しくさする。こっちは鈴乃の恋愛を応援するために頑張って心を棚の中に押し込んでいたというのに……。
俺は理不尽な暴力に文句を言いたくなったが、言ったら言ったでまた美緒に叩かれそうだったので今回は黙っておくことにした。け、決して暴力に屈したわけではないんだからね!
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