第3話 初めの一歩

 一度状況を整理しよう。俺の身に何が起こったのか、改めてゆっくりと確認していこうじゃないか。


 まず俺は一度死んだ。これは紛れもない事実だし、自分が幽霊として自分の葬式も遺体もしっかりと確認した。ここまでは理解しているし、納得もしている。


 次からが少しややこしい。俺は目が覚めると初めて葵さんと鈴乃が家に来た日へとタイムリープしていたのだ。もうこの時点で非現実的すぎる。人間が過去に戻れるなんてのはフィクションの世界だけだ。それなのに現在進行形で俺は過去の世界にいる。


 そして俺はあの後カレンダーを確認した。すると頭を抱える内容がそこに記載されていた。何と時間ずれていたのだ。俺が生きた時代よりも少しだけ先を行っている。前世の俺より世代が少し違うのだ。


 過去の自分に遡っただけなら時間軸がずれるはずがない、それなのにカレンダーは数年単位でずれている。タイムリープかと思ったがそれに付随して別の世界線、つまりパラレルワールドに飛ばされた可能性が高い。


 うん、なんとSFチックな内容なのだろうか。頭の中で整理している自分も思わず苦笑いと羞恥心がちょぴっと出てくるくらいには現実的ではない。


「それじゃあ食べようか、これからよろしく。乾杯!」


「「乾杯!」」


「か、乾杯……」


 俺たちは今、これから家族として過ごすことを祝ってプチパーティーを開いている。ちょっと豪華な食事を囲み、雑談をしながら親睦を深めようという内容だ。昔の俺はここでめちゃくちゃ不貞腐れた態度を取って場の空気を冷やしていた。あの時のクソガキっぷりが脳裏をよぎり、今すぐにでも地面をのたうち回りたくなる。


「ごめんなさい、鈴乃はあんまりこういうのに慣れてなくて……」


 隣で縮こまっている鈴乃に、苦笑を浮かべながら謝罪の言葉を述べる葵さん。昔も同じように謝ってたっけ……。


「いやいや、最初から慣れろというのは無理がありますからね。鈴乃ちゃん、ここにあるものたくさん食べていいからね」


 父親は鈴乃ちゃんのフォローを入れる。それに対して緊張気味の鈴乃ちゃんはぶんぶんと首を縦に振る。おいぱっぱ、鈴乃へのポイント稼ぎずるいぞ。


 俺も何かしらで鈴乃を甘やかさねばという気持ちが湧き出るも何もない状態から鈴乃を甘やかしても、下心があるのではないかと疑われてしまう。それは今後の生活においてマイナスもマイナスなため気を付けなければならない。いやまぁ下心はあるんですけども。


「それに比べて晴翔君はすごいのね、さすがお兄ちゃんだわ」


 おっと、そんな褒められても何も出ませんよ葵さん?あっ、どのお寿司食べたいです?自分取りますよ?


「そんなことないですよ。今もめちゃくちゃ緊張してます」


「そうですよ葵さん、晴翔はこう見えて緊張しいなんですよ。普段こんな食事を前にしたらもっとはしゃいでますからね」


 おい、余計なことを言うんじゃないよマイパッパ。出来るだけ良い子、良い兄に見られたいんだよこっちは。


 それからいつもと違う夕食は良い雰囲気で進んでいった。俺が彼女らを受け入れるだけでこんなに明るくて楽しい空気が出来るとはゆめにも思っていなかった。これで昔の俺とは違う道が切り開かれたと言っても過言ではない。俺はこの世界では彼女らを家族として大切にすると決めたのだ。






「結構食べたなぁ……あっ、そうだ」


 並んでいたお皿の底がだいぶ見え始め得た頃合いで、父さんが席を立ち、冷蔵庫を開けて白い箱をこちらに持ってくる。


「実はケーキを買っていたんです。どうぞ好きなのを選んでください」


「わぁ、ありがとうございます。晴翔君と鈴乃はどれが食べたい?」


 そう言ってテーブルにケーキの箱を置いた父さんは再びキッチンへと戻り、フォークや新しいお皿を準備し始める。手伝おうかとも思ったが、葵さんにどのケーキを食べたいか聞かれてしまったため俺は座ったままケーキへと視線を移す。


 箱の中にあるのはショートケーキ、チョコケーキ二つと、フルーツタルトだった。俺は既に食べたいものは決まっているが、まずは────


「鈴乃ちゃん、先に決めていいよ」


「え……いいの?」


「うん、どうぞ」


 兄は妹を優先する。ふふふ、兄としてしっかりと行動出来ている。俺はこれから自分よりもこの可愛い可愛い妹のことを優先する妹ファーストの人間として生きていかねばならないからな。


「えっと……じゃあショートケーキで」


「ありがとね晴翔君。晴翔君は何が食べたい?」


「僕はチョコでお願いします」


 感謝の言葉とチョコケーキを貰った俺、作戦成功である。兄としての行動をしっかりと示すことが出来た。だがまだまだ俺の第二の生は始まったばかり、これからの目標はまず葵さんと鈴乃、二人との仲を深めることだ。血は繋がっていなくても、本当の家族になれるように。


「はい、晴翔」


「ありがと、父さん」


 俺は父さんからフォークを受け取り、チョコケーキを食べようとする。が、その前にちらりと鈴乃へと視線を向ける。そこには満面の笑みでショートケーキを頬張る鈴乃の姿があった。前世の俺が一度たりとも見ることのできなかった彼女の笑顔に感動を覚える。もしこの場に俺しかいなかったら涙を流していたかもしれない。


 俺は泣きそうなほど嬉しい気持ちを笑顔で表現する。こんなにも心地よい空間になるとは……あぁ、感動だ。


 視線を感じたのか、鈴乃は不思議そうな顔でこちらの顔を覗く。しばらくして俺の考えを悟ったのか鈴乃は少しぎこちない態度を取りながらこちらへショートケーキ乗ったフォークを差し出してくる。


「……食べる?」


 どうやら彼女は俺がショートケーキを食べたいと勘違いしたらしい。いや、自分のケーキを食べずに鈴乃を見ていたらそう考えてしまうのも無理はない。少し申し訳ないことをしたなと反省しつつ、俺は人見知りの彼女が出した勇気を無下にしないようにパクリとケーキを口に含む。


「ありがとう、すごく美味しいよ。鈴乃ちゃんは優しいね」


「っ……」


 出来るだけ優しく微笑み、感謝の気持ちを伝える。鈴乃は面と向かって感謝を伝えられたのが恥ずかしかったのか、すごい勢いで目を逸らす。


「あっそうだ、俺のも一口あげるよ。はい、どうぞ」


 お返しに俺も一口分のケーキをフォークに乗せて鈴乃へと近づける。口は付けていないし、大丈夫だとは思うけど……。


「はむっ……美味しいっ!」


 ほっ……よかったぁ。これで拒絶されたらちょっと流石に来るものがあったわ。


 美味しそうにチョコケーキを堪能する鈴乃を見て、俺はそっと胸を撫で下ろす。こんな風に少しずつ鈴乃と仲良くやっていけたらいいな……あっ、このケーキ美味いね。




「………」


「鈴乃?どうしたの?」


「ううん、なんでもない」


 この時鈴乃は晴翔と間接キスをしてしまったことにちょっとだけどぎまぎしていたこと、晴翔は全く知らずにチョコケーキを食べ進めるのであった。

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