第124話 ごめんね、でも……
「ありがとうございました」
私は感謝の言葉と共に頭をぺこりと下げる。接客というのは予想以上に疲れるものだったが、自分たちの作ったものがこうして売れていくのを見るとその疲れ以上に嬉しいという感情が湧き出てくる。私は文化祭を順調に楽しむことが出来ていた。
お兄ちゃんと茜先輩が家庭部にやって来るまでは。
「えっと……鈴ちゃん?今は大丈夫だけどお客さんが来たときはもうちょっと笑おうね?」
今の私は椿から心配される(?)くらいに不機嫌さが顔に出てしまっているのだろう。それも致し方がないことなのだ、あんな光景を見せられたら……あんな──────
あんなお兄ちゃんを完全に落とそうとしている茜先輩とそれを受け入れているお兄ちゃんを見たら不機嫌にもなるよ!!!
茜先輩がお兄ちゃんと一緒に回ろうと言った時点で警戒はしていたけれど……まさかあれほどまでに距離を詰めていたとは思わなかった。おそらくあの感じだとずっと距離感が近かったに違いない。それを想像しただけで不機嫌さがどんどん増してくる。今すぐにでもお兄ちゃんと”お話し“したいけど……そうは行かないのが現実というものだ。
「分かってるよ椿、そんなに心配しなくても──────いらっしゃいませ」
私はぱちっとスイッチを入れる。まるでお手本と言わんばかりの微笑みを湛え、入って来たお客さんを迎え入れる。この私にかかればスイッチのオンオフは完璧にこなせるのです。椿の「えぇ……」という視線が突き刺さるが私は気づかないふりをしてニコニコと笑顔を浮かべる。
そんなこんなでシフトを終えた私は手短に身支度を整える。急かすことは無いが、椿にちょっとだけ早くしてほしいなという思いを込めながら視線を送ると彼女は慌てたように身支度を整えてくれた。椿は気遣いが出来て優しい子だなぁ……どこかの誰かさんとは違って。
「ご、ごめんね鈴ちゃん!待たせちゃったよね?」
「ううん、全然待ってないよ。気遣ってくれてありがとね椿」
どこか怯えたように謝罪をする椿に私は感謝の言葉と共に穏やかな笑みを湛える。いけないいけない、いくら不機嫌でも椿のことを怖がらせちゃ駄目だよね。もうちょっとの辛抱だから抑えて私。
「椿はどこか行きたいところある?」
「えーっと……特に思いつかないから鈴ちゃんの行きたいところで大丈夫だよ」
「そう?じゃあ行きたいところがあるんだけどそこでもいい?」
「う、うん。もちろんだよ」
椿の承諾を得た私はお兄ちゃんのクラス────執事喫茶へと向かう。
お兄ちゃんと茜先輩が一体どこまで進んだのか丁寧に説明してもらわないと気が済まない。いや、やっぱり説明だけじゃダメ。これ以上茜先輩と一緒に居ないでって伝えないと気が済まないし、お兄ちゃんから茜先輩の匂いをとらないと気が済まないし、お兄ちゃんに茜先輩とこれ以上近づかないって約束させないと気が済まない。
全く……女の子と一緒に居ていいって許しただけでこれだよ……。やっぱりお兄ちゃんは女の子と二人きりにさせちゃ駄目だね。……もういっそのことスマホとか遊びの約束とか私が管理した方が──────
「す、鈴ちゃん!ちょっと待ってー!」
「へ?……あっ!ごめん椿!」
考え事をしていたせいかいつもより歩くのが速くなっていたらしい。私の後ろで手を伸ばしている椿を見てとても申し訳ない気持ちになった。ごめんね椿……でもこれもお兄ちゃんのせいだから、私じゃなくてお兄ちゃんのせいだから……それはそれとして本当にごめんね。
「本当にごめんね椿!」
小走りでこちらへとやって来た椿に改めて謝罪をする。一緒に回ろうと誘ってくれたのにこの仕打ちは流石に酷いなと自分でも思う。
「ふぅ……大丈夫だよ鈴ちゃん。でもそんなに急がなくても大丈夫なんじゃ──────」
「お兄ちゃんはもう信用できないんだよ!絶対私の知らないところで女の子の事引っかけてるんだから!!」
「仕事中だしさすがにそれはないんじゃ……」
「私の勘がそう告げてるんだよ!絶対に当たってる自信あるもん!」
「はくしょい!!」「晴翔、お客さんの前でそのくしゃみはやめてね?」「さすがにしないって」
一方その頃晴翔は女の子に接客をして「あの人カッコ良くない?」と噂されている最中でした。鈴乃、見事正解。
「とにかく、ほら!急ぐよ椿!」
「ふぇ!?い、いきなりそんな手を握られると──────ってちょっ!?」
私は椿の腕をぐいぐい引っ張ってお兄ちゃんのいる教室へと急いだのだった。
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