第123話 ため息

「晴翔ー!引継ぎとかあるからもうちょっと早く来てって言ったよね?」


「ご、ごめんなさい……」


 茜先輩と別れ、早歩きで自分の教室へと向かったが集合時間に間に合わなかった俺は燕尾服に身を包んだ美緒にお叱りを受けていた。大遅刻をするという最悪の事態は免れたのだが、それでも遅れてしまったことに変わりはない。俺は素直に美緒に謝罪の言葉を述べる。


「まぁそんなに忙しかったわけじゃないからいいけどね。ほら、早く着替えてきて」


「分かった。あ、それと一つお願いがあるんだけどいい?」


「何?」


「その……鈴が来たときは俺に担当させてもらえると助かるんだけど……何とかなったりしませんかね?」


 鈴乃にお願いという名の脅迫を受けた俺は何とか融通を聞かせてもらえないか美緒にお願いする。ここで断られたら……ということは全く考えておらず、断られたら何十分も粘るつもりでいる。何故ならそうしないと俺の命の危険が危ないからだ。


「……はぁ、晴翔また鈴ちゃんを怒らせるようなことしたのー?」


 呆れたようにこちらを見る美緒、初手ため息というところからかなりの呆れ具合が見て取れる。


「怒らせるようなことをしたというか怒らせるようなことが起きちゃったというか……」


「……はぁ」


「そんな二度もため息を吐かれるとこちらも傷つくんですけど!」


 「あ、駄目だこいつ」と口に出してはいないが美緒の態度がそう言っているように思えて仕方がない。しょ、しょうがなかったんだよ!あそこで茜先輩を振り払う度胸なんてあるはずないじゃん!?


「まぁいいよ、融通利かせてあげる。まったく……感謝してよね?」


「ほんっとうにありがとうございます美緒さん!後で何か奢ります、いや奢らせてください」


「私に奢らなくていいからちゃんと鈴ちゃんの機嫌を直してあげること、いいね?」


「りょ、了解っす」


「あ、それと鈴ちゃんを担当させてあげる代わりに練習の時以上にきびきび働いてよねー」


 そう言うと美緒は俺を置いて業務へ向かった。とりあえず鈴の対応が出来るようになってよかった。もしここで俺が担当できなかったら一体どうなってたことやら……考えただけでも恐ろしい。




 髪を整え、燕尾服へと着替えた俺は一執事として働き始めた。今だけは生徒ではなくお客様に仕える執事だと自分に言い聞かせ、練習の成果を思う存分発揮した。姿勢をぴしりと伸ばし、所作の一つ一つを丁寧にい行い、常に爽やかな笑みを湛えて接客を行ったところ──────


 どういうわけか美緒からは呆れの感情がこもった視線を向けられていた。


 いやなんでだよ!?俺言われたとおりに真面目に働いてるよな!?


 鈴が来た時に対応させてもらう代わりに真面目に働け、という美緒の指示を完遂しているのにもかかわらず帰ってくるのは「何やってんだこいつ」という視線とため息であった。一体何が悪いと言うんだ……。


「お待たせいたしましたお嬢様方、こちらAセットとBセットでございます。こちらのホットサンドは大変お熱くなっておりますのでお気を付けください」


「ありがとう、君本物の執事さんみたいね〜」 


「恐縮です。今だけはお嬢様方の本物の執事でございます、もし何かお困りごとがございましたら何なりと私にお申し付けください」


 マダムたちの元へ注文された料理を運ぶと彼女達から称賛の言葉があがる。が、俺はそれでも一切気を緩めず自分は一介の執事なのだという意識を忘れない。これがプロ、プロ執事の心構えなのだ。


「本当に良いわね君、どうせだったら本当に家の執事にならない?」


「大変光栄なことではございますが、私の一存では決めかねることですのでまたの機会にお願いいたします。それではごゆっくりどうぞ」


「また何かあったら呼ばせてもらうわねー」


 謎の勧誘を受けたが丁寧にお断りさせてもらうことにした。流石に冗談だとは思うがここで「是非お願いします」とか言うと一気に頭のおかしい奴になってしまうからね。せっかく立派な執事を演じているのだから受け答えの一つ一つにも気を遣わねば。


「……美緒、そういう目で見られるとすごく居た堪れなくなるんだけど?」


 一度バックヤードに戻った俺は美緒から相も変わらず「呆れた」と言わんばかりの視線を向けられる。頑張っているのにどうしてそういう視線を向けてるのか、俺には全く不思議でしょうがない。


「……はぁ」


 何故もっかいため息を吐いたんですか!?シンプルに傷つきますよ!!??


 美緒は俺に対して何も言うことなく、大きくため息を吐きスタスタとホールへと戻っていった。ど、どうして……。





 代わりに仕事頑張れとは言ったけどさ……


「あそこまで頑張れとは言ってないんだよねぇ……はぁ」


 晴翔の仕事ぶりを近くで見ていた私は周りの人にばれない様に小さくため息を吐く。


 爽やかな笑顔、本物の執事になったかのような丁寧な動き、そしてお客様からのからかいや無茶ぶりを華麗に捌くアドリブ力。接客が苦手だとか怖いだとか言っていた少し前の晴翔に見せてやりたいくらいに接客のレベルが高い。


 接客が上手なのはクラス的には嬉しい事なのかもしれない。評判が良くなってたくさんのお客様が来る可能性があるから。けど、けど──────


 私的には全然良くないことなの!!晴翔のバカ!!


 私は脳内にいるイマジナリー晴翔の頭をスパーンと叩く。何故私がここまで晴翔に対して呆れやちょっとした怒りの感情を抱いているのか、それは晴翔があまりにも鈍感すぎるからである。


 他人への気遣いは出来るし、他人の感情の動きとかには何となく気付くことができるのにどうしてこう自分の動きや自分に向けられている感情──────特に鈴ちゃんから向けられている感情には鈍感なのか……私は不思議でしょうがないよ。


 私は心の中で大きくため息を吐く。別に晴翔があれなくらいに鈍感なのは中学の時から察してはいたが……いい加減近怒っている鈴乃ちゃんを間近で見ている私の気持ちも考えて欲しい。普段はお人形さんみたいに可愛いのに怒ると鈴ちゃん本当に怖いんだからね??


 100%今女性客の対応をしている晴翔を見たら鈴ちゃんの恐ろしい一面が垣間見える。別に晴翔が鈴ちゃんに怒られるのはいいけれど、二次被害でこちらまで怖い思いを味わうことになるのは勘弁して欲しい。


「とりあえず良きタイミングで鈴ちゃんがうちに来るのを願うしかないかなぁ」


 出来れば晴翔が誰の対応もしてない時間帯に来て欲しいけど……どうだろうね。


「いかがなさいましたかお嬢様」


 私は再び小さくため息を吐き、呼び出しのあったテーブルへと足を動かしたのだった。 






 遅れてしまい申し訳ございません!ちょっと忙しさが急に押し寄せてきてしまいまして……。ですが今週からは無問題なのです!ピースピース!!

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