第125話 頼りないなぁ
ここがあの女のハウス……じゃなくてお兄ちゃんのクラスね。
私はお兄ちゃんのクラスの前に立つ。後ろで椿がぜぇぜぇと息を上げているが……正直今は構っている暇はないのでスルーさせてもらうことにする。ごめん椿、女の子には戦わなければいけない時があるの。
私はこの場でお兄ちゃんとの”お話”を成し遂げ、今後お兄ちゃんが私の預かり知らぬ所で女の子とイチャイチャすることを阻止しなければならないのだ。さぁ鈴乃、今こそ決戦の時です。彼の邪知暴虐……は言い過ぎだから女たらしのニブニブお兄ちゃんを成敗するのです!!
「……でも本当はお兄ちゃんの接客、楽しみにしてるんでしょ?」
扉を開けようと手を伸ばしたその時、脳内に私を堕落させようとする声が鳴り響く。そっ、その声は……悪魔の私!?
「お話するんだとか言ってぷりぷりしてるけど内心はお兄ちゃんに接客してもらえるかな?とかもしかしたら執事姿のお兄ちゃんにあーんしてもらえないかな?とか期待してるんでしょ。この私にはお見通しなんだから」
芝居がかった声で私の心を乱してくる悪魔ちゃん。うまく隠していたこの心を読み取るとは……流石は私と言ったところか……だがしかし!!
悪魔の私に反論するべくぽんっと天使の私が出現する。
「邪魔しないで悪魔ちゃん、今は緊急事態なの。このままじゃお兄ちゃんが他の誰かに取られてしまう危険が危ないのはあなたもよく分かってるでしょ?」
そう、天使ちゃんの言う通りなのだ。今は緊急事態、早急にこの問題に対処しなければ私の心が崩壊する危険性があるのだ。そんな最悪の事態に陥るくらいなら、お兄ちゃんに甘やかしてもらう事を犠牲にするなんて容易いこと──────
「でも執事姿のお兄ちゃんには今日しか会えないんだよ?」
「「ぐはぁ!!!」」
クリティカル、悪魔の私、一人勝ち。彼女の言葉に私と天使は吐血しながら地面へ倒れることになる。
「た、確かに……なら今はお話どころの話ではないんじゃ!?」
私は地面に膝をつき、体を震わせながら今の状況について思考を巡らせる。一度練習相手として接客はしてもらった。だがそれはあくまで練習なのだ。本番……本物のお客様として、本物のお嬢様として扱われるのは今日この日しかない。そんな絶好のチャンスをみすみす逃していいのか。いいわけがないだろう。
「お、おおお落ち着いて私!た、たた確かに悪魔ちゃんが言う事も一理ある。けけ、けれど目先の欲望に囚われたら将来たたた大変なことになるのよ!」
「天使ちゃんがバグったゲームのNPCみたいになってる!?」
悪魔の言葉が効きすぎている私の中の天使が動揺のせいで動作不良を起こしてしまう。い、今までとは比べ物にならないくらいに頼りないなぁ……。
「ふっ、どうやら今回は私の勝ちみたいだね。さぁ私よ、お兄ちゃんに接客されることに期待を巡らせ、そして普段とは違うお兄ちゃんに存分に甘えるのだ!!」
くっ!やっぱり今回は執事姿のかっこいいお兄ちゃんにただただ甘える事しか出来ないのか……ん?もしかしなくてもそれはそれで良いのでは──────
「そ、それだ!!」
「ど、どれだ!?」
壊れたロボットの様に動かなくなっていた天使の私が大きな声を上げる。突然意識を取り戻した天使に私は驚きを隠せない。今日の天使ちゃんはやけにテンションが高いなぁ……。
「お兄ちゃんに接客されるとまだ決まったわけじゃない!それなのにこの悪魔の言葉を鵜吞みにしてしまうのは良くないんじゃないかな!?」
「……それじゃあ甘えるのはおろかお話することもできないけどね」
「ぐはぁ!!!!」
「わ、
悪魔によるど正論パンチにより、天使ちゃんは先ほど以上の勢いで地面に突っ伏す。流石は悪魔ちゃん、これほどまでに恐ろしいとは……!
「いや勝手に
「……言われてみればそうかも。で、でも私は天使ちゃんの意思は私が引き継ぐ!茜先輩とあんなイチャイチャしてるところを見せられて黙ってなんて居られないよ!やっぱりここはお兄ちゃんに強く言い聞かせなきゃ──────」
「す、鈴ちゃん?さっきから固まってるけどどうしたの?」
息を整え終わった椿が手を伸ばした状態で固まっている私を不思議そうに見ていた。あんなに急かしたのにドアを開くところで固まっていたら不思議に思われてもしょうがない。
「ご、ごめん!何でもないよ!それじゃあ行こっか」
私の脳内会議に決着がつかないまま扉を開くことになってしまう。……いや、私はお兄ちゃんとお話をするって決めたんだ!天使ちゃんの意思を継ぐと決めたんだ!だったら私は確固たる信念の元お兄ちゃんに厳しく接しなければならないんだ!!
手にぎゅっと力を込めて扉を開ける。悪魔の誘惑に惑わされてはいけない。確かに悪魔ちゃんの意見はもっともだし特別な姿のお兄ちゃんに甘えたい気持ちもあるし、なんなら特別扱いされたい気持ちもあるけれど……それでもわ、私は悪魔ちゃんには……く、屈しない!!
血涙を流しながら私はガラリと扉を開ける。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
扉を開くときちりと整えられた執事服姿のお兄ちゃんがこちらへと歩み寄って来た。そしてぺこりと頭を下げたかと思えば、女神も見惚れるほどの笑みを浮かべ私のことを迎え入れてくれる。
あっ……好き……。
数秒前の脳内いざこざはどこへやら、三人の私はお兄ちゃんの執事姿に即落ちしてしまうのだった。
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