第26話 待ち合わせ

 人が行き交う喧噪の中、適当にスマホをいじりながら時間を潰す。今からゲームをする気分でもなかった俺は特に頭を回さずSNSをぼーっと眺める。


「お待たせー!」


 お、来たみたいだな。


 俺はスマホをポケットにしまい、視線を上にあげる。視界に映ったのは小走りでこちらに向かってくる鈴乃の姿。


「ごめんねお兄ちゃん、待ったよね?」


「いや?俺歩くの遅いから数分前に着いたとこだよ」


 今日は鈴乃とのお出かけの日、近場にある大型ショッピングモールに遊びに来た。どうして家から一緒にではなく、現地集合にしたのかというと鈴乃の「せっかくおしゃれするんだから外で待ち合わせしたい!」というお願いがあったからである。俺が鈴乃のお願いを拒否なんてするはずもなく、こうして現地で合流したというわけだ。


「うん、良く似合ってる。すごく可愛いと思うよ」


 ホワイトのニットカーディガンにベージュのワンピースとシンプルなコーデながら、それが鈴乃の可愛さをとても惹き立てていた。センスもさることながら自分の魅力を最大限に生かしていると言っても過言ではない。さすが俺の妹、可愛いし何でも似合うな。


「えへへ、ありがとお兄ちゃん。お兄ちゃんもかっこいいよ」


「そうか?ありがとな」


 俺もシャツにジャケットを羽織るという至ってシンプルかつ量産的なものだが、まぁ似合ってないわけではないらしいのでひとまずよしとしよう。正直鈴乃の隣を歩くのはレベル差的に劣等感よりも申し訳なさを感じるが、多少おしゃれには気を遣ったし幾ばくかは緩和されてるといいなぁ。







 まってまってまって!?今日のお兄ちゃんかっこよすぎない!?いやまぁいつもかっこいいんだけどね?


 鈴乃の脳内は今「お兄ちゃん成分の過剰供給」により、大部分の思考が回っていないという状態に陥っていた。


 ちょっとこれはやばいかも、めちゃくちゃ似合ってるしお兄ちゃんの魅力が最大限というか限界を突破しててやばい。シンプルなコーデがお兄ちゃんのかっこよさを引き立たせてめちゃくちゃよきなんですけど!それとそのネックレス何!?もう……かっこいい超えてエ◯いよ!?ここが外じゃなかったらお兄ちゃんに抱き着きに行ってたよ!?


 シンプルなシルバーのネックレス、おそらく高いものではないのだろうが、それでもそのネックレスがかっこよさを倍増させている。今すぐにでも写真を撮りたい、めちゃくちゃポーズ決めて欲しい。私将来お兄ちゃん専属のカメラマンになりたい。


「?…鈴乃どうかしたか?」


「っへ?あ、ううん。何でもないよ」


 あ、危ない……久しぶりのおしゃれしたお兄ちゃん成分で危うく昇天しかけるところだった……。うわぁ私大丈夫かなぁ?お兄ちゃんの隣に立って見劣りしないかなぁ?でもお兄ちゃんが可愛いって言ってくれたしきっと大丈夫なはず!それとお兄ちゃんに変な虫が寄ってこないように細心の注意を払わないと!気を引き締めて楽しむのよ私。







「それじゃあいくか」


「……うん!」


 一瞬手を差し伸べかけたが、俺はばれない様に急いでひっこめる。昔一緒に出掛けた時は手を繋いでいたのだが、鈴乃はもう既に高校生。俺に手を握られるの嫌……とは言わないのだろうけども、これも兄離れの一環だ。こうして二人で出掛けてる時点で……という声がどこからか聞こえてきたが、今回は彼女の機嫌を取るため致し方なかったのだ、許せ。


「そういえば結局部活はどこに決めたんだ?」


「家庭部だよ。白川さんと一緒の部活にしたの」


「おぉ、いいじゃん」


 友達と、それも白川となら楽しんで部活に打ち込めるだろう。それにそんな厳しい部活じゃないだろうし和気あいあいとした時間を過ごせるに違いない。


「部活で作ったものは持ち帰れるものもあるみたいだから楽しみにしててねお兄ちゃん」


「あぁ、そもそも鈴は料理がうまいからなぁ。めちゃくちゃ楽しみだわ」


「えへ~……あっお兄ちゃん、ここ見てもいい?」


「ん?ああ、もちろんいいぞ」


「ありがと」


 ショッピングモール内を闊歩していると、気になるものでもあったのか鈴乃は女性用の洋服屋へと入っていく。店の外で待つという選択肢もないわけではないが、今回は鈴乃の機嫌を回復させるためのお出かけのため。鈴乃の後に続いてお店へと入る。


 普通の兄妹だったら一緒にいるところを見られたくないとか思われたりすんのかなぁ……鈴乃にそう言われたらかなりダメージ来るな。でもそれが普通の兄弟関係なのか?世のお兄ちゃんってすごいんだなぁ。


「どうしたのお兄ちゃん、そんな遠い目をして」


「いや、なんでもない」


「それならいいけど、ねぇねぇお兄ちゃんこれどう思う?」


 すっと服を肩に当ててこちらに見せて来る鈴乃、一昔前の俺だったら「ああ、いいんじゃない?」というかなり適当な発言をしていただろうが、今の俺は違う。


「うん、良く似合ってるよ。鈴乃の清楚さがより洗練される感じがとても良いと思う」


「んふふ~、じゃあこっちはどう?」


「おっ、今度はすごい可愛さが増したな。いつも可愛いけどそれが10割増しされてる」


「えへへ~」


 褒められたことが嬉しいのか満足そうに頬を緩める鈴乃。嬉しいという感情が全面的に伝わるあどけない表情に俺も自然と頬が緩む。うちの妹可愛すぎるわぁ。

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