第27話 都市伝説

「お兄ちゃんホントに良かったの?」


「うん、全然気にしないで」


「でも……」


「いいのいいの、俺が好きでやったことだから」


「……ありがとお兄ちゃん」


「どういたしまして」


 俺は鈴乃が気に入った洋服をプレゼントすることにした。最初は申し訳なさそうにしていたが、これ以上は失礼だと考えたのか鈴乃はにこりと笑みを浮かべながら感謝を述べる。その笑顔を見れればもうお釣りがくるレベルよ。


 それに俺には「鈴乃甘やかし貯金」があるため問題はないのだ。小さい頃からお小遣いやお年玉などを鈴乃を甘やかすためだけに貯金し続けてきたのだ。貯金にも余裕はまだまだあるしこのくらい問題はない。積極的に甘やかさねばこの貯金の意味がない、むしろウェルカムよ。


「あっお兄ちゃん、ちょっと買いたいものがあるから見てきてもいい?」


「もちろん、俺あそこら辺で待ってるから」


「うん、出来るだけ早く済ませるね!」


「そんな慌てなくてもいいよ、ゆっくり見てきな」


 少し早いテンポで歩いていった鈴乃を見送り、俺は先ほど指をさした場所で適当にぼんやりとしながら待つことにした。なるべく人の邪魔にならないような場所を指定したため、誰かの迷惑になることは無いと思うが……まぁそんな気にしなくても大丈夫か。


「ひとまず鈴乃が楽しそうで良かった良かった」


 まだお出かけの序盤だが、鈴乃の機嫌はすこぶる良い。それに楽しそうな表情も見れているため今のところは順調に進んでいるだろう。俺も待ったり洋服を眺めたりするのは苦には感じないし、そもそも鈴乃がおしゃれしたりコーディネートを考えてる姿を見るのはとても微笑ましい気持ちになる。ただでさえ可愛いのにおしゃれにも気を遣うとか女の子ってすごいなぁとつくづく感じる。


「モテる男子は人生一回目でこの気遣いとかその他諸々を身に着けてるとかすごすぎだろまじで」

 

 そして第二の人生を生きてきて思ったのは気遣いの難しさだ。前世で成績上位に入るほどに悪態をついていた俺にとってはこの気遣いが非常に難しい。


 相手をよく見てどういう事をしたら喜ぶかを考えるというのは非常に疲れる。これをデートや一緒にいる際にずっとしなければならないと考えると骨が折れるどころか粉砕骨折してしまう。世の彼氏君はすごいなぁ。


「ねぇねぇそこの君」


「はい?」


 ぼんやりと遠くを眺めていると突然二人組の女の子に声を掛けられる。


 どうしたんだろ、道にでも迷ったか?いやそんなわけないか、もしそうだとしたら普通にマップを探して見るだろうし。じゃあいったい何の御用なんですかねぇ。


 なるべく顔には出さないように注意深く観察していると女の子が言葉を続ける。


「君今一人?もし良かったらなんだけど私達と一緒に遊ばない?」


 ……おいおいまじかよ。いや、いやいやいやいや!まさかそんなわけないよな?あれは伝説上のものでありこの世のほとんどの男子には縁がないとされているものではないのか?


「実はこの子、君が超タイプみたいなの。どう?結構可愛いと思うんだけど」


 うわぁ逆ナンってやつだこれぇ。(思考放棄)

 

 5歳児のような感想が頭の中を占領し、正常な判断が一瞬機能しなくなる。


 ……はっ!?危ない危ない、物語の中でしか存在しない都市伝説的なものに遭遇したせいで一瞬頭がおかしくなってたわ。……これ夢じゃないよな?あ、うん夢じゃないわ。


 人差し指を親指にグッと押し込んでみるとしっかりとした痛みを感じる。かなり強めに押し込んだため親指には爪の跡がしっかりと残っているだろう。


 これが現実なのだとしたらどうするべきかを考えよう。まず彼女たちの提案に乗るかどうかについてはもう既に答えは出ている。もちろんNOだ、彼女達よりも鈴乃の方が何千倍も大事だし、ここで彼女らの提案に乗ろうものなら後ろから刺されかねない。流石にそんなことしないと思うけど……しないよな?


 だが断るにしろどう断れば良いのかが分からない。一応25年、というか今世も合わせれば精神年齢はおじさんの仲間入りを果たしている俺だが、なんと女性経験は一度もないという悲しきシスコンモンスターなのだ。つ、辛いです……。


「えっと……お誘い自体は嬉しいんだけど今一人じゃないんだよね」


 すっと手に持っていた袋を見せつけるように持ち上げる。おしゃれに気を遣っている彼女達ならこの袋を見て俺が女の子と一緒に来ていることを察してくれるに違いない。


「そうなんですねぇ、ちなみに一緒に来てる子は彼女さん?」


「いや、彼女とかではないんですけど」


「じゃあもし良かったら私達も混ぜてくれません?」


 ナニコノヒトタチ。めちゃくちゃぐいぐい来るじゃん!え、何?俺そんなにかっこよくないよ?ほら周りを見渡してみ?俺よりかっこいい人間なんてそこら辺にうじゃうじゃいるよ?というかこの後どういう風に返事すればいいのか分からないんですけど助けて貰ってもいいですか?


「いやぁさすがにそれはちょっ─────とぉ!?」


 横から突如として襲い掛かる衝撃に俺は驚きの声を漏らしてしまう。揺らぐ視界の端で捉えたのはゆらりと揺れる漆黒の髪。


「す──────」


「ひっ!?す、すみませんでしたぁ!」


 鈴乃の名前を呼ぶ前に俺をナンパしていた女性たちは尻尾を巻いてどこかへ行ってしまった。顔を見ることは出来ないが、伝わってくる雰囲気的に鈴乃は彼女たちを思いっきり睨んでいたのだろう。彼女たちには同情を禁じ得ない。それとなんかごめん。


「もう最悪だよぉ、何となく嫌な予感がしたから急いできたけど、まさかお兄ちゃんの魅力に気付いた女狐がまさかこんなにも早く行動に移すとは……」


「……えっとぉ……鈴乃さん?」


 彼女たちがいなくなった後も俺にぎゅっと抱き着いたまま動かない鈴乃に俺は恐る恐る声を掛ける。何やらぶつぶつと独り言を言っているがその内容までは聞き取れない。……もしかして俺この後怒られる奴ですかこれ。


「お兄ちゃん大丈夫だった?何も変なことされてない?」


「ああ、うん。ただ声を掛けられただけだから大丈夫だよ」


 それは女の子が男に絡まれたときにかける言葉では?と思ってしまったが細かいことはきにしないことにした。


「ならよかったぁ……ごめんねお兄ちゃん、私が一人にしたばっかりに」


「いや全然気にしなくていいよ?」


 あれ?俺って女の子だっけ?いやそんなことは無いよな?俺ちゃんとついてるしれっきとした男だよな?


「ちょっと早いけどご飯にしよっかお兄ちゃん。何か食べたいものある?」


「いや特にないから鈴乃の食べたい物食べに行こっか」


「分かった、じゃあ行こっか」


「……ってあの鈴乃さん?ちょっとこれは歩きづらくない?」

 

「ううん、大丈夫だよ。早く行こ?」


「あっはい」


 抱きかかえるようにがっしりと腕を掴む鈴乃に俺は離れるように提案しようとしたが、底知れぬ圧を感じたため大人しく鈴乃に従うことにした。……どうか知り合いが俺たちのことを発見しませんように。

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