第28話 虫除け

「ありがとうございましたー」


 私は袋を持ち、早歩きでお兄ちゃんの指定した場所へと向かう。待たせてしまって申し訳ないという気持ちはあるが、流石に下着を買うのに同行させるのは恥ずかしいし、お兄ちゃんとしても居た堪れなくなるだろうから仕方ないことだったのだ。


 将来的にはお兄ちゃんと足を運ぶことに……と妄想は一旦置いといて、急いでお兄ちゃんの場所に行かなきゃ。


「……なんか嫌な予感する」


 理由はよく分からないが、ぞわぞわと胸騒ぎがし、自分の脳内であまり気分の良くない映像が流れる。知らない女性に話しかけられ、タジタジになっているお兄ちゃんというなんとも気分の悪くなるものだ。


 今日のお兄ちゃんは何回も言うがとてもかっこいい、いつもかっこいいけどオシャレをすると尚更かっこいい。正直ずっと見てたい。


 ただ1つ問題がある。普段は目立たないお兄ちゃんの魅力に気付いてしまう女がいるかもしれないのだ。目の届く範囲で圧を放って虫除けはして来たが、今のお兄ちゃんは無自覚に虫を寄せ付ける無防備な甘い花状態。いつ虫がわらわらと寄ってくるか分からない危険な状況下にある。


 それにお兄ちゃんは女性への気遣いはもう100点以上をあげたくなるくらいに出来ているが、女性からのお誘いを断ることは非常に苦手だ。そもそも人からの頼み事を無視できないお兄ちゃん、それが女性からなら尚更断れない可能性が大いにある。


「早く女狐共からお兄ちゃんを守らないと」


 まだそうと決まった訳ではないが、女の勘と言うべきかお兄ちゃんが女に絡まれてれている気がして仕方がなかった私はさらに速度を上げる。早歩きというよりもはや軽く走っている状態に近い。


「はぁ…はぁ…っ!……やっぱり!」


 ようやくお兄ちゃんとの待ち合わせ場所に到着する。目に映ったのはお兄ちゃんの目の前でしつこそうに話しかけている二人組の女性と助けてほしそうな、とても困った表情を浮かべている可哀想なお兄ちゃん。


 私はお兄ちゃんの場所へと走り出す。幸いにも周りに人は少ない、これなら迷惑を掛けずに素早くお兄ちゃんのところへと向かえる。


「いやぁさすがにそれはちょっ─────とぉ!?」


 私はお兄ちゃんのわき腹に勢いそのまま抱き着く。そして間髪入れずに女性たちへと顔を向ける。


 私のお兄ちゃんから離れろ……!


「ひっ!?す、すみませんでしたぁ!」


 口には出していないが、言葉以上の感情を全てぶつける様にして睨むと二人組の女性は恐怖に占領された表情を浮かべ、どこか遠くへと消えていった。


「もう最悪だよぉ、何となく嫌な予感がしたから急いできたけど、まさかお兄ちゃんの魅力に気付いた女狐がまさかこんなにも早く行動に移すとは……」


 お兄ちゃんにぎゅっと抱き着いたまま愚痴をこぼす。許容範囲を超えた感情や思考が独り言として現れてしまう、直したいけど直らない私の悪い癖だ。


「……えっとぉ……鈴乃さん?」


 はっ!いけない、自分の事しか考えてなかった。そうだよね、まずはお兄ちゃんの安否確認からだよね。


「お兄ちゃん大丈夫だった?何も変なことされてない?」


「ああ、うん。ただ声を掛けられただけだから大丈夫だよ」


「ならよかったぁ……ごめんねお兄ちゃん、私が一人にしたばっかりに」


 私は溢れ出ていた感情を抑えるようにそっと胸を撫で下ろす。ひとまず変なことをされてなくて良かった。……というかさっきの独り言聞こえてなかったよね?


 頭が冷静さを取り戻したことでとある考えがふと頭をよぎった。ついつい独り言をしてしまう私の悪い癖、こんな至近距離で独り言を言えばお兄ちゃんの耳に届いている可能性が大いにある。


 ……ま、まっずうううううううい!!もし私の独り言聞かれてたら絶対にお兄ちゃんに気持ち悪がられる!「鈴……さっきのって本気で言ってたの?」とか言われながら絶対に引かれちゃううう!


 悲報、冷静さすぐに消える。私の頭の中はどうしようの言葉と数分前の自分を貶す言葉でどんどん埋め尽くされていく。


 どうしようどうしようどうしよう。お兄ちゃんから嫌われるとか私生きていける自信ないんですけど。普通に病むんですけど。い、いや…流石にお兄ちゃんが私のことを嫌いになるなんてことはない…とは思うけど、それでもないとは言い切れない。な、なんとかしてこの場を乗り切らねば……そ、そうだ!


「いや全然気にしなくていいよ?」


「ちょっと早いけどご飯にしよっかお兄ちゃん。何か食べたいものある?」


「いや特にないから鈴乃の食べたい物食べに行こっか」


「分かった、じゃあ行こっか」


 そう、ごり押し作戦。とりあえずお昼ご飯のことを考えさせて先ほどのことを無かったことにする。……それは無理があるのでは?という意見は金輪際受け付けておりませんのでご容赦ください!


「ってあの鈴乃さん?ちょっとこれは歩きづらくない?」


「ううん、大丈夫だよ。早く行こ?」


「あっはい」


 一刻も早くこの場から離れたいという欲求からか私はお兄ちゃんの腕をがっしりとホールドしていた。指摘されてから気が付いたが、今更離すのもあれだし、むしろお兄ちゃんとくっつきながら移動できると思った私はあたかも普通のことの様にお兄ちゃんを促した。


 ……もうしばらくこの状態を続けたいからばれない程度に悩むふりをしよう。お兄ちゃん成分を補給するという意味合いも兼ねてるから……ゆ、許されるはず!

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