第25話 間違ってないよ?

「ただいまー」


「おかえりなさい晴翔君。今日はちょっと遅い帰りね」


 鈴乃たちがいなくなった後、俺はそのまま最後まで掃除を手伝った。途中鈴乃たちの訪問があったのもあるが、意外にも時間がかかってしまい、結局遅い帰りになってしまった。普段であれば自分が出迎えるはずの葵さんが俺のことを料理の片手間に出迎えてくれた。


「ちょっと部室の掃除が長引いちゃって」


「それはお疲れ様、ご飯まだできないからそれまでゆっくりしてて」


「うん、ありがとう」


 俺は感謝を告げ、言われるがまま階段を上り自分の部屋へと向かう。自室の扉を開けようとドアノブに手をかけると違和感が伝わってくる。その違和感は次第に嫌な予感へと様変わりし、自分の頭の中に察しと諦めが降りかかる。


「……お部屋間違えてますよ」


 ガチャリと扉を開くと予想通り鈴乃が俺のベッドを占領していた。


「間違えてないよ、ここお兄ちゃんの部屋でしょ?」


 うーん?君は一体何を言っているのかなぁ?


 まるで自分が間違えているように言われ俺の頭は一瞬おかしくなる。


「うん、そうだね。ここは俺の部屋だね、そして鈴乃の部屋は向かい側だね」


「でしょ?だから間違えてないよ」


 ……うーん?そうだよね?今更部屋を間違えるなんてことしないよね。じゃ、じゃあどうして鈴乃さんは俺の部屋にいるんですかねぇ?


 自分の脇や背中から嫌な汗が出始める。こうなってしまっては自分の部屋はリラックスできるどころか胃が痛くなる場所だ。そうだ、やんわりと断りを入れてリビングでテレビでも流し見しようそうしよう。


「そうだね、じゃあ俺リビングでテレ──────」


「じゃあお兄ちゃんここ座って?」


「いや、俺はリビン─────」


「座って?」


「はい」


 ここから絶対に逃がさないという圧に俺は無様にも敗北、言われるがまま鈴乃の隣に腰を下ろす。よーし落ち着け、とりあえず余計なことは言わずに出来るだけ平穏に物事を解決するんだ。決して焦っちゃだめだぞ晴翔。もうどこに地雷があるか分からないんだからな。


「えっ……っと……鈴乃さん?」


 鈴乃は俺が座るや否や背中に抱き着いてくる。おそらく毎度の如くマーキングだろう。こうなったらもう大人しくする以外に選択肢はない。


「……怒ってる?」


「……別に」


 はい、怒ってますね。お兄ちゃん鈴乃の声音で機嫌の悪さを察せるからね、今はもう非常に機嫌が悪いの伝わってきてますからね。


 さて、なんて言うべきか。ひとまず謝るのは確定したとして、何と言い訳するべきか。とりあえず誤解だとでも言うべきか?でも一応何が起こったかは部室で説明済みだしなぁ……。茜先輩とそういう関係じゃないって言うか?でもそれを証明するものはないんですよねぇ。こ、困った……。


「ねぇお兄ちゃん」


「ん?」


 なんと声を掛けるべきか悩んでいると後ろから声が掛かる。


「お兄ちゃんは小清水先輩のこと好きなの?」


 火の玉ストレートが飛んできた……!しかもストライクとかじゃなくてふっつうにわき腹に深々突き刺さるようなデッドボール来た……致命傷不可避なんですけど。


「先輩としては好きだけど先輩のことは恋愛対象として見てないよ。ただの面白い先輩って感じ」


「でも距離感近い。絶対に普通の先輩後輩の関係じゃない」


「ま、まぁそれは……」


 確かに俺と茜先輩の距離感は普通の男女よりも近しいのかもしれない。ただそれは茜先輩が俺のことを男として見ていないから成り立っている……と勝手に思っているし、おそらくそうなので俺にはどうすることも出来ない内容だと思うんですよ。


「やっぱりお兄ちゃんは──────」


「違う違う、違うから!あれは茜先輩が俺のことを男と認識してないからだって!」


 背中から伝わる鈴乃の体温は暖かいのに、何故か少しずつ低くなっていく自分の体温に危機感を感じた俺は慌てて鈴乃への言い訳を考える。


「ほら、男女の友情みたいな感じだよ。俺と美緒みたいな関係みたいなさ」


「美緒先輩は幼馴染だから理解できるけど小清水先輩とはまだ一年くらいの関係だよね?」


「そ、そうだけど……」


「お兄ちゃんにその気が無くても小清水先輩がお兄ちゃんの事狙ってる可能性はやっぱり高いか……」


 ぽつりと呟く鈴乃に俺の体は強張る。自室でリラックスもくそもない、今この場所は昼ドラよろしく胃がキリキリしそうな地獄と化していた。


 ま、まずい……このままではシンプルに俺のメンタルが逝かれる。どうにかして茜先輩とはそういう関係じゃないことを証明しなければ、そして鈴乃の機嫌を元に戻さねば……徐々に徐々に俺の体を包む冷気が強まっているのは気のせいじゃないはず。


「ねぇお兄ちゃ─────」


「そうだ鈴乃!今週末どこかに出かけないか?」


「……話をそらさないでお兄ちゃん」


「だから茜先輩とはただの先輩後輩の関係だって。それより今週末予定とかもう決まってるか?」


「……特にないけど」


「それじゃあ二人でどっか行かないか?鈴乃の行きたいとことかさ」


「むっ……それはまぁ行きたいけど」


「おっ、じゃあ行きたいとこ考えといてくれ。最近二人でどっか行くとかなかったからさ、その日は二人だけで遊ぶか」


 鈴乃の機嫌を無理やりにでも回復させ、この場を凌ぐという何ともごり押しな作戦を立案からの即実行。このまま茜先輩についての話題を続けられるといつ鈴乃が大爆発を起こすか分からない。であれば彼女の機嫌を取り、ガスを抜いてあげるのが得策だと考えた。


「二人だけで…………うん、いいよ!」


 よっしゃ、もしかしたら俺天才だったかもしれない……と思ったけどなんか浮気を回避する天才みたいな感じで素直に喜べないのは何故だろう。……と、とにかく一難を蹴り飛ばすことには成功したから良かったわ。


 明らかに声音が明るくなった鈴乃、先ほどまで背後から感じていた冷気も徐々に薄くなっていくのが分かる。


「デート、デート、お兄ちゃんとデート~!」


「デートというかお出かけだけどな」


 俺の体を左右へ揺らしながら、歌を歌うように言う鈴乃に苦笑いを浮かべながらツッコミを入れる。鈴乃さん、一応デートって言葉は兄妹が出掛ける時に使う言葉ではないのですよ。


「細かいことは気にしない気にしな~い」


「……さいですか」


 ともあれ鈴乃の機嫌が戻って良かった……なんかどっと疲れたなぁ。


 大掃除による肉体的疲労と、鈴乃から詰められる精神的疲労のダブルパンチを喰らった俺は鈴乃に体を揺らされながら大きく息を吐いた。

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