第144話 久しぶりの日常
変な夢で目が覚めてから俺は再び眠りについた。再び夢の世界に降り立ってからは奇妙な夢を見ることなくぐっすりと眠ることが出来た。
自分の身体を抱き枕代わりにして眠っている鈴乃を起こさない様にスマホを確認するともう10時を回っていた。休みの日特有のベッドでだらだらする時間を含めたら活動が本格的に始まるのは11時くらいになりそうだ。
「んぅ……」
自分のお腹当たりからふにゃふにゃとしたとても可愛い声が聞こえてくる。本来であればこの時点で「何事!?」と驚くはずだったのだが、もう既に布団の中がどういう状況になっているか把握しているため特に驚くことは無かった。
ふわふわとした自分の思考が段々と冴えてきたところで俺はペラリと布団をめくってみる。さっきからもぞもぞと動いているのは気付いているのだが……もう起きてるのかな?
「すぅ~……すぅ~……ん?あ、おはようお兄ちゃん」
「おはよう鈴」
布団の中では可愛い妹が自分の身体に顔を押し付け深呼吸をしていた。普通の兄妹ではありえない光景だがもう既に慣れてしまったため特に何も思うことが無くなってしまった。慣れって……怖いね。
「体起こしていいか?」
「うん」
「ありがと」
俺は鈴に一言入れてからゆっくりと体を起こす。もう少しだらだらしても良いのだが、体内時計を狂わせすぎるとこの代休が終わった後がきつくなるため、そろそろ活動を始めた方が良いだろう。
「……鈴さん?」
「んー?何ー?」
上体を起こし、そろそろベッドから離れようと意気込んだ……のだが、寝ている状態から半身を起こしている状態に変わっただけで何も変わらないと言わんばかりに鈴乃は俺の身体から引っ付いて離れようとしない。
「……今日は良いけどあんまりベッドには潜り込まないでね」
「うん、気を付けるね」
こんな可愛いことされてどいてくれとは言えないでしょ……。
まるで猫の様に頭をぐりぐりと体に擦り付けてくる鈴乃を見て、言おうとしていた言葉はすぐさま引っ込んてしまう。その代わりに自分の手は勝手に動き出し、鈴乃の頭を優しく撫で始める。
お兄ちゃん的には全然良いんだけどさ、あなた好きな人がいるはずでは……?
鈴乃の頭をゆっくりと撫でながら俺は昨日の鈴乃の姿を思い出す。淀みなく言い切った好きな人がいるという言葉。好きな人がいるなら俺になんか甘えたりせずに、その人と付き合って甘えれば最大の幸福を得られるはずだ。
鈴乃の告白を断る人間なんか1%もいないだろうし、そうすればきっと……ぐふっ、朝からこの想像はちょっと来るものがあるかも。
鈴乃と知らない男が幸せそうにしている光景を脳に投射してしまったせいで俺は心に大きなダメージを受ける。妹の幸せを願う兄としてここは喜ばないといけない所なのだが、やはり心に来るものがある。彼氏を連れてこられたときの父親ってこんな感じの気持ちなんだろうな……これは結構辛いかも。
「……お兄ちゃん?」
「ん?どうした鈴?」
「……んーん、何でもない。そろそろご飯にしよっか」
「そうだな」
鈴乃は俺の顔を覗き込んだかと思えば、すっと俺から離れていった。妹離れ……慣れるまでは大分メンタルおかしなことになりそうだけど……これも鈴乃のためだし頑張らないとだな。
今日は私もお兄ちゃんも特に予定はなく、二人でのんびりすることが出来る。普通ならとても喜ぶべきことなのかもしれないけど今日は一味違う。お兄ちゃんは茜先輩の告白をちゃんと断ってくれたのか、それが気になりすぎて仕方がないのである。
お兄ちゃんのことだから告白をされても断る確率は高いだろうけど、相手はあの茜先輩だ。茜先輩の告白なら受け入れている可能性も少なからずある。……いやないと思うけど!万が一にもないとは思うけど!!
「お兄ちゃん、昨日茜先輩と踊ってたよね?あの後なんか言われたりした?告白された?ちゃんと断ったよね?」と昔の私なら詰め……じゃなくてお話をしていたかもしれないが、今の私はちゃんと良識がある女の子。今すぐにでも聞きたいところだけどその気持ちをぐっとこらえる。……いやでもめっちゃ気になるぅ……。
ソファに寄りかかりぼんやりとテレビを眺めるお兄ちゃんの肩にぽすんと頭を乗っける。もし茜先輩とお兄ちゃんが付き合ったらこんなことも出来なくなっちゃうのかな……。
お兄ちゃんは私に多くの愛を注いでくれている。本来なら同年代の女の子に注がれていたかもしれない分の愛情も含めて。おそらくお兄ちゃんが誰かとお付き合いしたら、この愛情は私の知らない誰かに注がれていく。
こうして誰かがくっついてくるのを快く受け入れ、頭を撫で、甘やかし、そして──────
無理無理無理無理!!そんなの認められるわけないじゃん!!!
「す、鈴……?」
「あ、ごめんお兄ちゃん!何でもないから気にしないで!」
どこの馬の骨とも知らない女といちゃついているお兄ちゃんを想像した私は頭を打ち付け、思い浮かんだ映像を掻き消そうとする。なお打ち付けた先がお兄ちゃんの腕だったため、お兄ちゃんからしてみれば私が急に奇行に走ったようにしか見えていない模様。うぅ……これもお兄ちゃんのせいなんだよ!?
「あぁ……ほら鈴、おいで」
「へ?」
お兄ちゃんは何かを察したのか自分の膝を軽く叩き、頭を乗せるように促してくる。私は一瞬頭が真っ白になったが、すぐさま冷静な思考を取り戻しお兄ちゃんの膝に頭を乗せる。お兄ちゃんの誘いに乗らないという選択肢は私には存在しないのです。
「最近こうして二人で過ごす時間も少なかったからな。今日は二人でゆっくりしよっか」
そう言ってお兄ちゃんは私の頭を優しく撫で始める。私がお兄ちゃんに甘えて、それに応えるように私を甘やかしてくれるという構図がほとんどなのだが、時折こうしてお兄ちゃんから積極的に私のことを甘やかしてくれる時がある。こういう時はどんなに甘えても受け入れてくれるのでとことん甘えるに尽きる。……まぁ基本的にはどれだけ甘えても受け入れてくれるんだけどね!
「えへへ~」
……って違う違う。私はお兄ちゃんと茜先輩の関係性が進展したのか否かを聞こうか悩んでるんだった。今なら絶対に答えてくれるだろうし、このチャンスに乗じて聞くのがベストではあるのだが……
お、お兄ちゃんの甘やかしには抗えない……うへへ……幸せ~。
今までぐるぐると回っていた脳の歯車がゆっくりと止まり始める。お兄ちゃんのなでなでの前には私は無力になってしまうのだ……。
結局茜先輩について聞くことは叶わず一日中お兄ちゃんとのんびりとした時間を過ごすのであった。
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