第36話 鈴と椿
時は放課後、場所はファストフード店。私は席について早々白川さんに頭を下げられていた。
「この度は私の勘違いで鈴乃ちゃんにご心配とご迷惑をおかけしたことを大変深くお詫び申し上げます」
そんな仰々しい謝罪文なかなか女子高校生の口から出ないよ!?それとそんなテーブルに頭くっつけないで?人少ないせいで余計に目立ってるから!
「あ、頭をあげてください白川さん!そ、それとどういうことか教えてください、私どういうことか全く理解できてないので」
「……実は─────」
「なるほど……お兄……兄さんが兄妹の立場を悪用して私のことを襲おうとしていると勘違いした、と……」
「その通りでございます」
「べ、別に怒ってないのでそんな敬語を使わなくてもいいんですよ?というかやめてもらった方が私的には助かるのですが……」
「今すぐやめます!…じゃなくてやめるね!」
白川さんは先ほどまでの態度を改め、いつも通りの白川さんへと戻った。切り替えの速さに少し笑ってしまいそうになったが、それを堪えて私は顎に手を当てほんの少し俯く。
てっきり白川さんはお兄ちゃんのことが好きなのだと思っていたけれどそんなことはなく、彼女の行動は私を心配してのことだった。……白川さんも私もとんだ勘違いをしていたらしい。
「そういえば兄さんを観察してて何かわかった事はありましたか?」
「その……鈴乃ちゃんのお兄さんはただの善人だということが判明しました、はい」
「ふふ、すみません。そんなに体を小さくしなくて大丈夫ですよ?ちょっとした意地悪のようなものですから」
罪悪感に体を縮めている白川さんに笑いかける。こうしてみると白川さんは犬みたいで可愛いなぁ……。犬種はゴールデンレトリバーとかかな?
「……鈴乃ちゃん?」
私はピンと伸ばしていた背筋を崩し、頬杖をつく。白川さんからしてみれば優等生の鈴乃ちゃんがどこかへ行ってしまったのではないかと感じてしまうかもしれない。
でも本当の私はこっち。
白川さんの予想は割と良い線を行っていた。兄妹の関係を悪用して距離を縮め、あわよくば恋人関係になろうとする。ここまでは合っているが彼女の予想は主語が間違っていたのだ。
悪用しようと考えているのは私。無理矢理にでも距離を縮めているのも私、あわよくば恋人になろうとしているのも私。矢印の向きが全て逆なのだ。
ずるくて、それでいて少し臆病で、我儘な私。
こんな私を知ったら白川さんはどんな反応をするんだろうなぁ……。
目を見開き、私のことをずっと見つめる白川さん。一度化けの皮が剥がれてしまった私の脳は、もうどうにでもなれとどんどん思考を放棄し始める。どうやら優等生モードが切れてしまったらしい。あとで充電しないとなぁ……。
「ねぇ白川さん」
「は、はい!」
「ふふ、そんな畏まった返事しないでよ」
私は彼女と、白川椿ともう少し仲良くなりたい。あまり人と仲良くすることが得意じゃない私だけど、彼女ならこんな私でも受け入れてくれそうな気がしたから。
もし幻滅されたら、拒絶されたらどうしようという不安の渦が身体中を包み始める。……もし否定されても大丈夫。いつもの優等生の私に戻るだけだから。だから──────
「ちょっと疲れたから楽に話すね。普段は優等生のフリをしてるけど、私素はこんな感じなんだ。白川さんは私が小さい頃人見知りだったの知ってるよね?」
「う、うん……」
「実はあれ、まだ治ってないどころかちょっと拗らせちゃってるの」
「え……で、でも鈴乃ちゃん学校でもちゃんと話せてるし、皆の前で発表もしてるよね?」
「それが私の言う所の拗らせ。もう一人の優等生の私を作ることで、無理やり人と話せるようにしたの。その代わり人との間に何十もの壁が出来上がっちゃたけど。……白川さんも私と話してて距離あるなぁって思ったことあるでしょ?」
「それは……まぁ……」
私が真に友達と呼べる存在はゼロに等しい。羨ましいと思うことは何度もあった、敬語をやめて素の私で話してみようと試みたこともあった。でもそれは無理だった。拒絶されることを恐れて私の喉は毎回シャッターを締め切ったように塞がってしまうのだ。
「……ねぇ鈴乃ちゃん、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん?どうしたの?」
「何で私には敬語を……優等生じゃない本当の鈴乃ちゃんで話してくれてるの?」
「……それは──────」
望んでしまったから。今の自分ならもしかしたらと思い、そしてそのもしかしたらを叶えてくれそうな人が私の目の前に現れたから。
「……んふー、どうしてだと思う?」
ただ正直にそう話すのは彼女のことをただ利用しようとしているみたいに聞こえてしまうと思った私は、代わりに悪戯な笑みを浮かべて白川さんの顔を覗き込む。
「え、えーっと……なんとなくとか?」
「んー……3割正解!」
「や、やったぁ?」
「ギリ赤点回避だよ、やったね」
「嬉しいような嬉しくないような……」
あぁ……おそらく世の男女はこんな風にくだらない話を毎日毎日繰り返しているんだろうなぁ。なんともくだらなくて、それでいて楽しくて、暖かい。
「……ねぇ白川さん、今の私についてどう思う?」
自分でも何だこのめんどくさい発言はと思う。それでも聞いてみたかった。もう後戻りはできない、ならば自爆覚悟で突っ込むしかない。そう最初に決めたはずだ、ならそれを貫こうじゃないか。
「そう……だなぁ……」
私の心臓が早鐘を打つ。恐怖と期待が入り混じり、心地いいのか悪いのか、ワクワクしているのか恐怖しているのかよく分からないぐちゃぐちゃな感情が自分の心と体を支配する。
時間にして僅か数秒、されど体感では数分にも感じられた時間の末、唸り声を上げて言葉を探していた白川さんがようやく口を開く。
「かわいい……かな」
「かわ……いい?」
「そう、可愛いと思う。普段の鈴乃ちゃんももちろん可愛いけど、今みたいにちょっと子供っぽくて気の抜けた感じの鈴乃ちゃんの方が可愛いし話しやすいと思う。皆が皆同じ意見かは知らないけど少なくとも私は今の鈴乃ちゃんの方が好きかな」
「……そっ…か……」
体が熱くなる。嬉しさのせいで私の胸部は大量に空気を入れた風船のように、今にも張り裂けそうだった。嬉しい、嬉しい嬉しい嬉しい。私の脳内は嬉しいの言葉ともっと白川さんと仲良くなりたい、もっと彼女とお喋りしたいという思いが、理性という名のリードをガジガジと噛み始める。
「……鈴乃ちゃん?……っ!?」
私は机に手を突き、白川さんに顔をグイっと近づける。お尻は椅子から完全に離れ、白川さんともう少しでぶつかるというくらいに顔は近づいていた。もう理性も、冷静な思考も、今の私からは完全に消え去ってしまったのだ。
「ねぇ!これから椿って呼んでもいい?私のことは鈴って呼んで良いから」
「ちょ。鈴乃ちゃん!ちっ近すぎるよ!さすがに供給量が多すぎるよ!!」
「あっ、ごめんごめん。昂る感情を抑えられなかったの。それで白川さん、椿って呼んでもいい?」
「えと……うん、いいよ?」
「ほんと!?ありがと椿!あ、私のことは鈴って呼んで、親しい人にはそう呼んで欲しいの」
「わ、分かったその……鈴ちゃん」
椿は恥ずかしさを含ませながら私の名前を呼ぶ。その姿は非常に可愛く、今すぐにでも抱き着いてしまいたい衝動がふつふつと湧き始める。が、徐々に力を取り戻してきた理性がそれを必死に抑えつける。危うく大変な事になるとこだった……。
「それとね、一つお願いがあるんだけどいいかな?」
「な、何?鈴ちゃん」
大きな深呼吸をする。今まで言えなかった言葉、今なら言える。
「私とお友達になってくれませんか?」
椿は既に私を友達と思っていたかもしれないし、私も彼女のことを友達だと思っていたかもしれない。ただそれはあくまで優等生としての私の話。これは、本物の鈴乃としてのお願いであり望みだ。
「……うん、もちろん!!これからもよろしくね、鈴ちゃん」
「─────うん!これからもよろしく、椿!!」
溢れそうになった涙を笑顔へと昇華させる。お兄ちゃんと過ごす以外でこんなに晴れやかになったことがあるだろうかと思えてしまうくらい、私の心は燦燦と輝く太陽に照らされていた。
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