第81話 お兄ちゃんのばか!もう知らない!
色々と片づけを済ませた俺は覚悟を決め、自分の部屋の扉を開ける。
「お待たせ……ってちょ!?」
部屋に入るや否や鈴乃は俺の体にピタリとくっつく。そしてすんすん、すんすんとまるで犬の様に俺の全身を嗅ぎ始める。
こうなってしまった以上どうすることも出来なくなった俺は大人しく鈴乃のチェックを受け入れることにする。な、何かしらのバグですり抜けたりとかは……
「随分と楽しかったみたいだねお兄ちゃん」
まぁすり抜けられるわけないですよねぇ……。
いつもと比べて冷ややかな声で話しかけてくる鈴乃、既に彼女の瞳から光が消えているのは気のせいだろうか?気のせいであってくれ。
「た、楽しくなかったと言えば嘘になるけどそこまででは──────」
「ううん、嘘はつかなくていいんだよ。女の子にくっつかれて浮かれてたんでしょ?」
「そ、それは不慮の事故と言いますか……」
「……不慮の事故でこんな風に抱き着かれたの?」
鈴乃は俺の腹部に抱き着く。それも茜先輩が抱き着いてきたときと同じような態勢で。
「お兄ちゃん、私茜先輩には気を付けてって言ったはずだよね?」
な、何故茜先輩が抱き着いてきたことを……。もしかしたら別の人かもしれないのに……。
「い、いや茜先輩が抱き着いてきたというわけではなく──────」
「嘘はつかない方が良いよ?」
「はい、鈴の言う通り茜先輩に抱き着かれました」
鈴乃の忠告という名の命令に俺は素直に従う。このまま嘘をついていたら大変なことになっていたかもしれない、非常に怖い。
「どうしてお兄ちゃんは私の言う事を聞いてくれなかったの?」
「これに関しては仕方なくというか……隣に居たら急に抱き着いてきたんだよ」
「ふぅん……」
鈴乃が相槌をうっただけだというのに俺の胃は既に悲痛の叫びをあげていた。針でチクチクされているような痛みが体の内側から伝わってきてとても辛い。
「まぁ茜先輩についてはいいよ、事故だった可能性があるのも事実だしね」
え?……こ、これはもしかして大丈夫な奴か!?許された奴か!?
鈴乃は俺の体からするりと離れる。彼女の声音もほんの少しだけ柔らかいものになっている。助かった……のか?
「ねぇお兄ちゃん」
「な、なんだ?」
「鈴との約束、覚えてる?」
「……女の子と2人きりにならないで……だったよな」
「ちゃんと覚えててくれて嬉しいよお兄ちゃん。それで……」
俺の体から離れていた鈴乃が再び俺の体に抱きつく。先ほどまでは右半身だったが今度は左半身に、ぴたりとくっつく。
「約束、守ってくれた?」
再び体にぞくりとした何かが走る。鈴乃にくっつかれ、本来であれば心地よい温もりを感じるはずなのに、今はどういうわけか冷たく感じる。全然助かってなかったわ。
「……ごめん、少しの間女の子と2人でいた」
ここで嘘をつけば後々自分の首を絞めることになると思った俺は、約束を守ることが出来なかったと正直に告げる。
「うん、そんな気はしてた。きっとこんな風に手を繋いでイチャイチャしてたんだよね?」
鈴乃が指を絡ませながら手を握る、所謂恋人繋ぎという奴だ。
「いや、普通に手を握っただけで─────」
「……手は握ったんだね」
し、しまった……!これは諸葛亮鈴乃の罠だった……!まずい、まずいまずいまずい。
女の子と2人きりになり、手を繋いでいたことがバレてしまい、かなり危うかった俺の命運はもう救いようのない所まで行ってしまう。
「女の子と2人きりになって手を繋いで、くっつかれて、挙げ句の果てには抱きつかれて……」
鈴乃の周りのどす黒い何かが徐々に大きさを増していく。
「俺も断ろうと思ったし、なるべく2人でいる時間を減らそうと努力してたんだ!ちょ、お、落ち着いてくれ鈴!」
まずいと思った俺は自ら進んで2人きりの状況を作ったり、手を繋いだりしたわけではないと説明する。しかし、そんな俺の言葉は全く届いてないらしく、鈴乃の圧がどんどん強くなっていく。
「………ばか」
「す、鈴……?」
「お兄ちゃんのばか!!お兄ちゃんなんて家の至る所で足の小指ぶつけちゃえばいいんだ!!」
「す、鈴!」
鈴乃は俺の部屋を凄い勢いで出ていく。
「……足の小指はやめて欲しいなぁ」
扉の方にかざしていた手を下ろし、ポツリと呟く。明日から鈴乃の機嫌を戻すために全力を注がないとか……。
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