第100話 何故ばれたし
「ただいま~」
「お帰り鈴」
ソファでのんびりしていると玄関の扉が開く音と、思わず笑みがこぼれてしまう可愛い声が聞こえてくる。
「だぁ~疲れたぁ~」
「お疲れ、鈴」
「うん、ありがとお兄ちゃん」
文化祭が近付いてきていることもあってか、家庭部の鈴乃は最近帰りが遅い。同じ文化部でも文芸部とは違い、家庭部の売り物は多くの人から注目を集める。さらに今年は鈴乃というアイドル的存在が関わっているため、より一層人気度は増す事だろう。
「文化祭って考えること多いんだね……」
「まぁ外部からもお客さんが来るからな、いつもよりも気を遣わないといけないことが多いんだよ」
特に飲食を提供する場合、他のジャンルの出し物に比べて何倍も慎重にならなければいけない。食中毒を引き起こしたら今後の文化祭活動に響くからだ。
「お兄ちゃん頭撫でて~」
「制服しわになるよ」
「ん~」
いつもはけろりとしている鈴乃も疲れが隠せない様子。俺の声が聞こえないふりをして鈴乃は倒れこむように俺の膝に頭を乗せる。疲れているから仕方ないかと俺は笑顔を溢し、彼女の頭をゆっくり、そして優しく撫でていく。
「ねぇねぇお兄ちゃん」
「どうした?」
「今週末文化祭に出す予定のお菓子とか実際に作ってみよかなって思ってるの」
「おお、いいじゃん」
「でしょお?でもちょっと一人だと大変そうだからお兄ちゃん手伝ってくれない?」
「もちろんいいぞ。まぁ、そんな難しい作業は出来ないと思うけど」
俺は料理が出来ないというわけではない。何かを煮たり焼いたりしてダークマターを生んだり、調味料を間違えて大惨事になったりと、料理下手な人の典型みたいなことは一度も起きていないのだが、シンプルに料理が上手くない。
そんな俺がお菓子作りなんてしたらまぁ美味しくないものが生まれてしまうだろう。皿洗いとか何かを混ぜるとかをメインにしてくれると非常にありがたい。
「うん、大丈夫。そんなに難しいことは任せないから」
「ならよかった」
「……ところでお兄ちゃん」
「ん、どうした?」
「今日、何かあった?」
びくりと俺の体が揺れる。先ほどまではあどけない笑顔を浮かべていたはずの鈴乃の表情に陰りが見え始める。ほわほわとした空気に包まれ、兄妹仲睦まじく話していたはずのリビングの室温が僅かに下がる。
「ここら辺から女の子の匂いがする……ねぇ、どういう事?」
鈴乃はむくりと体を起こし、自分の胸元を指でなぞりながら言う。「手伝い疲れたから着替えるの後回しにしよ」とか言っていた過去の自分を殴りたい。
「あぁ~……その実はとある女の子から文化祭一緒に回らないかって言われてね」
「……なんて答えたの?」
「丁重にお断りしました。その子とあんまり面識なかったからさ、流石に断らせてもらったよ」
ここで嘘を吐くのは良くないと学習した俺は真実を告げる。今回は断りを入れてたから良かったけど、もし承諾してたら大変なことになってたかもなぁ……怖い怖い。
「ふぅん、なら良いけどさ……お兄ちゃん」
「な、何でしょうか?」
「文化祭はね?恐ろしいイベントなの」
「お、おん?」
「文化祭という浮かれた空気を利用して気になっている人を落としに来る人が続出するの。だからお兄ちゃん、文化祭の空気に流されないように今から気を付けること。そして近寄ってくる女の子には注意すること、この二つを肝に銘じておいてね?」
「わ、分かったよ。気を付ける」
「ほんっっっとうに気を付けてね!お兄ちゃんが想像している以上に皆恋に恋してるんだよ!」
ビシッと指を差し、厳重に注意してくる鈴乃に俺は首を縦に振るしかない。確かに文化祭マジックなんて言葉はあるけどさ、そういうのは俺みたいな奴じゃなくて青春を謳歌している陽キャ達に訪れるものだと思うんだよね。
「……自分とは関係無い話だなとか思ってない?」
「何故ばれたし……あっ」
鈴乃の言葉につい口を滑らせてしまう。そんな俺を見た鈴乃はにっこりと微笑む。笑っているはずなのに何故か悪寒がする……。
「良い?分かってないみたいだから言うけど──────」
そこからしばらくの間、文化祭の雰囲気と女の子の危険性について語られるのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます