第99話 おつかい

 ペンの音やタイピングの音が聞こえる中黙々と作業を進める。1年ぶりの仕事だったが、意外にもサクサクと仕事を進めることが出来ている。今日中に全てを終わらせることは出来ないだろうが、半分ほど終われば上々すぎるだろう。


「さすが晴翔君、順調に進んでいるみたいだね」


「まぁ一回やったことありますからね」


 手を動かしながら蓮先輩の言葉に答える。こうしていると1年前を思いだす。何か仕事をしていても急に別の仕事を任される日々。あの時もこうして何気ない会話から突如お仕事を任されてたなぁ……ん?


 ピタリとペンを動かす俺の手が止まる。今のこの感じにデジャブを感じる、というか1年前の光景とそっくりそのまま重なっている。まさか……ね?


「そろそろ休憩を入れても私は良いと思うんだよ」


「そ、そうですかね?」


「うん、もうすぐ1時間経つわけだし少し休憩を入れた方が効率良く仕事出来ると思うよ」


 あ、良かった。何か仕事を任されるかと思ったけどただの休憩の提案かぁ。まぁだよね、だって俺もう生徒会に入ってないしね、そんな一般生徒にこれ以上仕事を押し付けたりは──────


「休憩中に軽い運動をすると良いらしいよ。ところで晴翔君、実はこの資料を作るためには文化祭実行委員会からデータを貰ってくる必要があるんだ」


「へ、へぇ……そうなんですね」


 俺はにこりと微笑む蓮先輩から視線を逸らす。彼女の言わんとしていることはもう既に理解しているが、まるでその意図が分からないといったように振舞う。


「てことで晴翔君、お願いね」


 が、そんな俺の思いや行動なんぞ知ったこっちゃないと言わんばかりに仕事を俺に与える蓮先輩。


「……休憩って別の仕事をするって意味じゃないんですよ先輩」


「知っているとも。じゃあお願いね晴翔君」


 じゃあっていう接続詞の使い方おかしくない?




 



「失礼します」


 扉を開くと作業や会話をしていた全ての生徒の視線が俺の体を貫く。結局俺は蓮先輩のお願いという名の命令に逆らえず、こうして文化祭実行委員会の皆様の元へと足を運んできている。ていうか視線がすごく痛いんですけど……。


「誰かに用事?」


 おそらく委員長かと思われる男子生徒が俺に声を掛ける。


「蓮生徒会長のパシリです。資料作りに実行委員会のデータが必要とのことでそれをお借りしに来ました」


「あぁ、うん。すぐ準備するね」


 俺の予測は正しかったのかその男子生徒はパソコンを操作し始める。生徒会の人間だと分かったからか、こちらに視線を向けていた大部分の生徒が各々の作業に戻り始める。


「はい、お待たせ」


「お忙しい中ありがとうございます。それでは失礼します」


 用を済ませた俺はすぐに部屋を出る。自分の所属していない委員会やクラスに入るのってやっぱり勇気いるな、リフレッシュどころか逆に疲れが溜まるわこんなの。


「せ、先輩!」


 生徒会室へ戻ろうとしたその時、後ろからどこかで聞いたことのある声が聞こえる。声のする方へと振り返ると以前傘を貸した鈴乃のクラスメイトがいた。確か名前は……ああ、そうだ思い出した。


「先輩、お久しぶりです。私のこと覚えてますか?」


「うん、覚えてるよ。鈴のクラスメイトの椎名さんだよね?」


「はいそうです!椎名柚子花しいなゆずかって言います!」


「それでどうしたの?生徒会に何か用事あるなら俺から伝えておくよ」


 俺を呼び止めたと言う事は生徒会宛てに何か用事がある可能性が高い。文化祭成功の秘訣は生徒会と実行委員会の密な連絡だからね。


「いえ、そういうわけではなくて……その…」 


 少し言いづらそうに口元をもごもごさせる椎名さん。何か言いづらい事……もしかして鈴乃に何か伝えて欲しい事でもあるのだろうか?


「ぶ、文化祭!私と一緒に回ってくれませんか!?」


「……ん?」


 えーっと……これはどういう……?


 後ろからいきなり水をぶっかけられたときの様に、今の状況を理解するのに脳が手一杯になっている。一緒に回る……?う、うん……?


「えーっと……言う人を間違ってるんじゃないかな?……あ、鈴に伝えて欲しいって話か、オッケー後で伝えておくよ」


「ち、違います!鈴乃ちゃんじゃなくて先輩と回りたいっていう話です!」


「……っすー……そっかぁ」


 そっかそっか俺と一緒に文化祭回りたいのか……な、なんで?


 改めて考えてみるもどうして俺に声を掛けたのか全くと言って良いほど思いつかない。俺と椎名さんの関係値で言えば赤の他人だ。それなのにこうして文化祭を回らないかと誘ってくる彼女が不思議で仕方がない。何かの罰ゲームにでも巻き込まれたか……?それなら丁重にお断りした方がお互いのためだよな、うん。


「それで……ど、どうですか!?」


 ちょ、距離近い……そんな近づかなくても良くない?


 ずいっと顔を近づけてくる椎名さんに反応して、俺は身を後ろへとのけ反らせる。


「えっと……ごめん。多分文化祭は友達と一緒に回るからさ」


「そ、そうですか……すみません先輩、急に変なこと言っちゃって」


 悲しさを押し殺したような笑顔を浮かべる椎名さん、そんな彼女を見ていると罪悪感が沸々と湧いてくる。罰ゲームにしては君演技上手すぎない?もしかして演劇部に入ってたりする?


「急に呼び止めちゃってすみません先輩」


「いいよ、別に急いでた訳じゃないし」


「最後に一つお願いがあるのですけど良いですか?」


「内容によるかな」


「連絡先交換しませんか?」


「あぁ、うん。それくらいなら全然良いよ」


「ほんとですか!?ありがとうございます先輩!」


 多分あれか、罰ゲームちゃんと遂行しましたよっていう証明が欲しいんだろうな。おじさんの連絡先とか微塵も価値ないからね、全然貰ってくれていいよ。

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