第19話 鈴乃の葛藤
「はぁ……」
ぽすんと音を立てながらベットの上に倒れこむ。私、鈴乃は今とてもテンションが下がっています。
「うぅ……やっぱりあの時お兄ちゃんに聞いとくべきだった……」
「お兄ちゃんは白川さんとどういう関係なの?」という言葉は自分の喉元で急にUターンした。理由はいくつかある……というよりも複数の感情が絡まって複雑化しているのだ。
初めに言っておくけど私はお兄ちゃんに彼女が出来て欲しくない、絶対に。もしお兄ちゃんに彼女が出来たら数か月……いや、数年は病む可能性がある。お兄ちゃんが他の女にデレデレしてるのを見るのはすごく嫌な気持ちになるし、そんな女よりも私の方が魅力的だという対抗心がむくむくと湧いてくる。出来れば私が……って違う違う、今は気持ちの整理をする時間だよ私。
だがここでこの気持ちとは別、というか反対に位置している気持ちがぽつぽつと湧いてきた。一つはお兄ちゃんがモテるのは仕方がないのだという納得に近い気持ち。私的に見たらかっこいいけど、世間一般的に見ればお兄ちゃんは容姿が特段優れているというわけではない。
でもお兄ちゃんは性格がイケメンすぎるの!それはもうアニメとか漫画に出てきたの?って言いたくなるくらいには性格がイケメンすぎる!困ってる人は絶対に見過ごせないし、普段は目立たないようにしてるけど、いざという時はめちゃくちゃ頼りになるし、優しいし気遣いできるし、めちゃくちゃ優しいし私の事めちゃくちゃ甘やかしてくれるし……他にもたくさん語りたいところはあるけどこの辺りにしておこう。
こんなかっこいいお兄ちゃんと一緒に過ごしてたら何かしら好意を抱くのは仕方がないと思ってしまう。この女たらし……いや、人たらしめ!少しは自重して!と言いたくなるがそんなお兄ちゃんが大好きなのです。
そんな感情のすぐ後に湧いたのがお兄ちゃんに嫌われないかなという不安の感情だ。確かにお兄ちゃんが私のことを嫌いになる未来は1%あるかないかくらいの確率だ。そのくらいに私はお兄ちゃんに愛されている自覚がある。しかし、私がお兄ちゃんの恋愛にまで口出し始めたら、その1%を引くか、或いはパーセンテージが上昇し、最終的には嫌われてしまうという最悪の未来もあり得る。
そんな最低最悪の未来は命を賭してでも回避しなければならない。というかお兄ちゃんに嫌われたら多分私生きてけない。廃人みたいに空っぽになる自信がある。
「あ~~~」
ベッドの上をコロコロ転がりながら、今のやるせない気持ちを少しでも発散させようと小さく唸り始める。
「いつかこういう感じの日が来るって分かってたのになぁ……」
それどころか私が知らないだけでお兄ちゃんには他の交友関係がある。男だけじゃなくて女の人とも仲が良い人はいるに決まっている。それなのに私はお兄ちゃんが誰かの物になってほしくなくて、ずっと私だけに優しく微笑みかけていてほしい。私だけを甘やかして欲しいと思っている。
こんな器の小さい人間だったのかと私は実感する。それと同時に「こんな私なんて……」「こんな子だってお兄ちゃんに知られたらどう思われるかな」と自己嫌悪とありもしない未来への不安が一気に自分の心に押し寄せてくる。
私が悩むべきことではない、悩んでも意味がないことなのは理解している。でも理解できてもすぐにやめれるほど私の心は大人ではない。まだ未熟な子供の精神は不安という小さな火種からどんどん妄想という薪をくべ、自己嫌悪と不快感を放つ大きな火を作り出してくる。
「分かってる……でもやっぱり気になるし、取られるのはやだなぁ……」
ぽつりとつぶやいた瞬間コンコンと自分のドアがノックされる。
「鈴、お風呂湧いたぞー」
「……お兄ちゃん先入っていいよ」
「そっか、じゃあ先入るな」
ドアの前から人の気配が無くなる。くっ、ついでに聞けばよかった!……いやでも待って?
その時私の脳内に一つの考えが浮かぶ。
今お兄ちゃんの部屋に行ってスマホの中身をちょっとだけ拝借すればよろしいのでは!?
悪魔的発想に私は雷に打たれたかのような衝撃を受ける。お兄ちゃんには言っていないが私は既にお兄ちゃんのスマホのパスコードを知っている。「1027」これがお兄ちゃんのスマホのロックを解除するパスコード。余談だけどこの数字は私の誕生日であり、私のパスコードは「0224」とお兄ちゃんの誕生日である。
お兄ちゃんがお風呂に入っている今がチャンス、直接聞けないのなら直接見に行けばいいだけなのだ!!
「お、おじゃましまーす……」
ここにお兄ちゃんがいないのは重々承知の上だが、何となくばれない様に抜き足差し足で移動し、部屋の中へと入る。
「あった」
スマホが机の上に置かれているの発見する。このままお兄ちゃんの連絡先やら履歴やらを見れば付き合っているのか、ないしはその数歩手前の段階なのかが分かる。お兄ちゃんは悪くないんだよ?でも将来の姉になる可能性がある人がどんな人か知る権利はあると思うの……将来の姉……ぐはっ…なんて嫌な響きなの……。
と、とにかく!お兄ちゃんが悪い人に騙されていないか、そしてお兄ちゃんが女の人を誑かしてないかちょっとチェックさせてもらいます!
高鳴る心臓を聞き流しながら、緊張のせいか汗で湿っぽい手でスマホに触れる。ロックを解除してくださいの画面を前に私は一つ深呼吸をする。そして──────
「鈴ー、上がったから入っていいぞー」
「はーい」
自室のドアをノックする音、その後に聞こえるお兄ちゃんの声に私は枕に顔を埋めたまま返事をする。
やっぱり無理!さすがにここのラインを越えたらもう後戻りできない気がするの!!絶対これからお兄ちゃんへの束縛激しくなっちゃう!!
その後湯船につかったまま自己嫌悪と、見ていたらどうなっていたのかというたらればを繰り返しちょっとのぼせかけるのだった。
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