第18話 なんかしちゃったみたい

「ただいまー」


「お帰りー」


 リビングでのんびりしていると鈴乃が学校から帰ってくる。がちゃりとリビングのドアを開けて入ってきた鈴乃と目が合うが、彼女はすぐに目を逸らし、お弁当箱を流しに置いたり、飲み物を飲んだりした後そのまま自分の部屋へと向かっていった。


「……なんか機嫌悪い?」


 今日学校で嫌なことでもあったのかと心配になるほど、今日は元気がないように見える。いつもなら部屋に入った後は軽く会話するか、或いは「お兄ちゃんづかれだ~」とか言いながらくっついてきたりするのだが……


「ただ疲れてるだけか?……まさか白川さん失敗したとかじゃないだろうな!?」


 俺は流れるようにスマホをスワイプし、今日の成果について白川さんに聞きだすべく連絡を送る。


『白川さん今日どうだった?』


『安心してください!それはもう完璧も完璧でした!!それとお兄さんは先輩なのでさん付けしなくて大丈夫です。』


『分かった、それとお兄さん呼びはやめてくれ。それで?具体的にはどんな感じなんだ?』


『ふっふっふっ聞いて驚かないでくださいね?なんと私、おかずの交換っこをしてしまいました!』


「おお……」


『それに加えてお昼休み一杯二人っきりでした!!』


『ほんとに首尾は良さそうだな』


 会ってほんのちょっとしか経ってないが彼女の自慢げな顔が脳裏に浮かんだ。なんだろう、すごく上手くいってる感じなのにちょっと不安になるこの感じは……き、気のせいだよなきっと。 


『さっきもそう言ったじゃないですか!まぁ鈴乃ちゃんとは明日も一緒にご飯を食べる約束をしたのでもう万事OKですよ!』


『そっか、そりゃよかった。明日からもよろしく頼むな』


『任せてください!』


 まぁ悪い子じゃないのはこの目で確認済みだし、何とかなるだろう……白川さん、じゃなくて白川の事じゃないとなるとやっぱり他のことで嫌なことがあったか尋常じゃないほど疲れたかのどちらかになるのか。まぁ、鈴乃にも一人になりたいときはあるだろうしそっとしておくとしよう。


 ガチャリ。


 そっとしておこう、そう思った矢先に鈴乃がラフな部屋着に着替えてリビングへと戻ってきた。先ほどと雰囲気は変わっていない。が、それでも俺の隣にぽすんと腰を下ろす。


「じーーーーっ……ぷいっ……じーーーーっ……」


 隣から視線を感じる。詰められる時ほどの圧は感じないが、それでも集中力の半分は削がれるレベルの圧を感じる。何か用事でもあるのかと鈴乃の方に顔を向けると、あからさまに顔を反らされてしまう。だが、自分の手元へと視線を落とすともう一度隣から視線を向けられる。


 あっ……これ、絶対俺がなんかしちゃった奴だぁ。


 俺が鈴乃の機嫌を損ねるようなことをした覚えはない。昨日まで機嫌は……ちょっと悪い時もあったけどその後はいつもの鈴乃に戻っていた。じゃあおそらく今日、俺の知らない間に何かをしてしまったのだろう。だが……


 ほんっっっっっとうに記憶にないんですよねぇ!


 俺が鈴乃と会話したのは朝だけだ。お昼ご飯に関しては鈴乃は白川と一緒に食べている。その他は特に話す機会はなかった。では何故こんなにも鈴乃は機嫌が悪いのか……直接聞いてみるしかないか。


「なぁ鈴乃……怒ってる?」


「……別に、怒ってないし」


 いや明らかに怒ってるときのそれじゃん。何ならちょっとほっぺ膨らんでるじゃん。


 俺は何が原因なのかを必死に思い出してみるもやはり今日の俺の行動に鈴乃を怒らせるようなものは何もない。強いて言うなら一緒にご飯を食べなかったことだが、それについては白川から楽しい時間を過ごせました報告を貰っているため問題はない……はず。


「そっか……でも俺の何かに対して怒ってるなら遠慮なく言ってくれ。すぐに直すからさ」


 鈴乃の頭を優しく撫でながら鈴乃の機嫌を戻そうと試みる。詳しい原因は分からないが、俺に関することなのは間違いはない。ならば俺はそれを直すだけでいい。そこに愚痴も不満も何もない、妹を怒らせる物など俺には必要ないのだ。


 鈴乃は俺の言葉を聞き、ぽすんと俺の肩に頭を乗せる。


「……充電させて」


「ご自由にどうぞ」


 俺の半身に鈴乃の体重が掛かる。だがそれはいつもよりも少し控えめだった。これでも普通の兄妹からしたらおかしいのかもしれないけど。


「……ねぇお兄ちゃん」


 鈴乃はもぞもぞと体を動かして体勢を変え、二の腕に額を擦り付ける。そして顔を上げないままそうぽつりと呟く。


「ん?」


 出来るだけ優しい声音で続きの言葉を待つ。


「……やっぱりなんでもない」


「……そっか」


 が、帰ってきたのは何でもないの一言。続きが気になったがこれ以上深掘りしてほしくなさそうだしそっとしておこう。俺は気遣いのできるお兄ちゃん、しっかりと引き際を見極められる優れた判断力を持っているのだ。

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