第20話 正面突破

「なぁ颯太」


「どしたん、話聞こか?」


「ドシタンハナシキコカ族だったのかお前、最低だな」


「何そのありそうでない部族の名前」


 お昼休み、颯太と一緒にご飯を食べていた俺はある相談を持ち掛ける。一人で解決するのは悪くないけどいい結果になることが少ないと悟った俺は基本的に颯太や他の頼りになりそうな人に相談するようにしている。特に颯太はいつも一緒にいるので相談相手になることが多い。


「んで?どしたの」


「ああ、鈴についてなんだが……」


「出たよシスコン。まじで兄離れとかいう前に妹離れしろよなー?」


「ぐっ……耳が痛いから一旦置いといていい?」


「いつも置いてるだろ、そろそろ拾えよ。まぁいいや、それで続きは?」


「実は最近鈴が元気ないんだ。というかちょっと避けられてる感じがしてならないんだよ」


 ここ数日鈴乃の機嫌がすこぶる悪い。いつもよりも元気が無いし、俺を避けてるように見える。原因はよく分からない。何かしら俺に聞きたいことや言いたいことがあるのは何となく気が付いてはいるのだが、それを聞き出すのはちょっと流石に過保護すぎるし、こんな年にもなって過保護すぎると嫌われてしまうかもしれない。


「何?晴翔なんかした?」


「それが特に心当たりないんだよなぁ……鈴の機嫌を損ねるようなことはした記憶が無いし」


「ふーん……反抗期でも来たんじゃね?」


「反抗期……だと……?」


「そ、普通の事だろ。てかそもそもお前は妹ちゃんの事何歳だと思ってんだよ。もう高1だぞ?そろそろ兄の事鬱陶しく感じ始める時期だろ。お前みたいな過保護な兄は特にな」


「ごふぅ!!」


「あ、死んだ」


 俺は机に頭を打ち付ける。俺……鈴乃に嫌われたのか……。今までたくさん甘やかしてきたがそれが仇となったのか?俺が間違っていたとでもいうのか?あぁ……今すぐ帰って横になりたいなぁ……。


「あくまでかもしれないってだけだぞ。てかそもそも避けられてるんだったら知らないうちになんかしちゃった可能性の方が高いだろ。それなら素直に何が悪かったか聞きに行けばいいじゃん」


「でもそれで「お兄ちゃん気にしすぎててきもい」とか言われたらどうすんだよ!」


「お兄ちゃん大好きっ子の妹ちゃんが突然そんなこと言うわけないだろ。……あぁでも反抗期なら言いかねんな」


「言われたら普通に病むぞ?メンタルが紐なしバンジーだぞ!?」


「分かったって。でもとりあえず改善したいんなら直接聞きに行けって。どうしてお前は変なところで引っかかるんだ。シスコンならシスコンらしくまっ正面からお節介焼きに行けよ」


「全ては鈴のためだ。俺が過干渉になると成長の機会を失っちゃうかもしれないだろ」


「何このシスコンめんどくせぇ」







 時は進み、場所は家。すっかり太陽もオレンジ色に染まり、そろそろ住宅のあちこちから美味しい匂いが立ち昇り始める時間だ。


「ただいまー」


「おかえり」


 今日も今日とて暇だった俺はリビングでゆるゆるとした時間を過ごしていた。が、俺はほんの少しだけ気を引き締め、背筋を伸ばす。この後リビングに入ってきた鈴乃にここ最近機嫌が悪くなっている理由を聞くのだ。


「……お兄ちゃんどうしたの?そんな卒業式の時みたいに背筋を伸ばして」


 ガチャリとドアを開けて入って来るやいなや不思議そうに言う鈴乃に対して俺は喉を震わす。


「なぁ鈴、最近元気ないけど何かあったのか?」


 もし今の状況を颯太が見ていたら「お前は妹ちゃんの父親か」とツッコミを喰らいそうである。


「べ、別に?何にもないよ?ただ最近ちょっと疲れてただけだから」


 と口では言っているものの、体は正直で俺の言葉を聞いた途端肩をびくりと跳ねさせた。


「……鈴って嘘つくの苦手だな」


「う、嘘じゃないもん!ただちょっと疲れてるだけだもん!」


 頬をぷくりと膨らませながらこちらを軽く睨む鈴乃。どう見ても図星である。


「しかも機嫌が悪い原因は俺に関することだろ?」


「そっ、それは……」


「これも図星だな……なぁ鈴。何かしちゃったなら謝るし直すからさ、機嫌が悪い原因を教えてくれないか?」


「…………」


 答えは沈黙。俺が原因なのに間違いはないが、本人を前にして言いにくい内容らしい。言いたくないなら言わなくてもいい、と言いたいところだがもしこれが反抗期の到来じゃなかったらすぐさま解決することが出来るため、今回ばかりは少し粘らせてもらおう。


 それから十数秒沈黙が続いたが、その沈黙は鈴乃の大きな呼吸音によって崩されることになる。


「ねぇお兄ちゃん」


「なんだ?」


「その……し、白川さんと一体どういう関係なの?」


「……はい?」


 なんかつい先日も似たようなことをその白川さんから聞かれた気がする、というか聞かれたんですけど。え、何?流行り?おじさんそういうの疎いんだよね。


「えっとごめん、もっかい言ってくれる?」


「白川さんと一体どういう関係なの!!」


 おっけ聞き間違いじゃなかった。というかこの流れもその白川さんとやったんですよね。


「えっと……ただの先輩後輩の関係だと思うけど……」


「嘘!だってこの前お兄ちゃんの制服に白川さんの匂いついてたもん!!」


 あら……鼻が良い事で……


「あの時お兄ちゃん先生に頼まれてたって言ってたけど絶対嘘!あの日お兄ちゃんは白川さんと抱き合ってたんでしょ!!ほら早く、正直に答えて!お兄ちゃんは白川さんと一体どういう関係なの!」


 今までの元気の無さが嘘のように大きな声を出す鈴乃。ただいつもよりも圧が少なく、少し拗ねた子供のような声で言葉を紡いでいる。


「……その、実は──────」


 もしかしたら鈴乃に気持ち悪いと思われるかもしれないけど、変に嘘を吐く方が嫌われる。そう思った俺は白川との関係を正直に話すことを決める。


「白川には鈴乃と仲良くして欲しいって頼んでたんだよ」


「……へ?」


 先ほどまでの威勢が嘘のように、鳩が豆鉄砲を喰らったような表情を浮かべる鈴乃。


「帰りが遅かった日は鈴乃と仲良くして欲しいって頼んだんだよ。ほら、ここ最近一緒にご飯食べてるだろ?」


「で、でも……じゃあどうしてお兄ちゃんの制服に白川さんの匂いがついてたの?」


「それは…階段を降りてる時、白川が鈴と一緒にご飯食べれることに浮かれたせいで足を滑らせたんだよ。それを助けるために仕方なくだな……」


 白川が鈴乃の厄介オタクであることをもろ言ってしまったが、俺の保身のためだ。すまん白川、鈴乃との中を縮めた見返りだと思ってくれ。


「ふ、ふぅん……?」


 お、おっとぉ?ちょっとだけ雰囲気が変わったぞ?もしかしてこれはもう一押しすればご機嫌の矢印が上を向くのでは?


 そう思った俺は白川の尊厳など最早気にすることは無かった。というか別に白川は鈴乃のことがただ好きな普通の女の子、だったら別にそのことを話しても鈴乃からの好感度は下がらないしむしろ上がるのでは?なら別に白川にとってもプラスだしウィンウィンだよな!


「ちょっと待ってくれな……ほら、これ見たら一目瞭然だろ?」


 俺は鈴乃に白川とのトーク履歴を見せる。内容は完全に鈴乃と仲良く話せたとか、これからもよろしくだとか非常に健全な内容のみ、これで確実に鈴乃の疑いは晴れる。 


「ほんとだ……でもなんでお兄ちゃんはこんなことしたの?」


「それは……白川が鈴乃と仲良くしたいのを手伝いたいなって思ったし、それに鈴乃にも一緒にお昼を食べる仲の良い友達が出来ればいいなって思ったから、それで……」


 この時鈴乃の脳内は「お兄ちゃんの行動はすべて私を思っての事!?→お兄ちゃん優しいし私の事を第一に考えてくれている!→お兄ちゃん好き!!」というほんの少しぶっ飛んだ考えが思考回路の全てを掌握していた。


「………」


「す、鈴乃?」


「ふへへぇ、そっかぁ。そういう事だったんだぁ、てっきりお兄ちゃんが白川さんと付き合ってるのかと思っちゃったぁ」


「ま、まさか。白川とは出会って数日だぞ?そんな話になるわけないだろ」


「だよね。……ごめんねお兄ちゃん、私の勘違いでお兄ちゃんこと心配させちゃって」


「気にしてない、こっちも変に誤解させちゃってごめんな?」


「ううん、大丈夫。それと気遣ってくれてありがとね、お兄ちゃん好き」


「俺も好きだぞ」


 ぎゅっと抱き着いてきた鈴乃の頭を優しく、丁寧に撫でる。それに連動するかのように鈴乃は俺の胸板にぐりぐりと頭を擦り付けてくる。ふぅ……ひとまず鈴乃の機嫌が直って良かったぁ……。

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