箱入り妹は圧がすごい

ちは

第1話 死の淵にて

 ああ……これが俺の人生か。


 あの世へ行く前の慈悲のようなものなのか、俺は幽霊となり自分の葬式を上からぼんやりと眺めている。青白く、そして醜くなってしまった俺の身体。


 俺は25歳という若さで命を落とした。理由は良くある交通事故だ。残業続きのせいで注意力が落ちていたのだろう、俺は車に撥ねられ、あっさりと死んだ。


 自分の葬式を見ながら自分の人生について振り返ってみる。ひどく孤独で、つまらない人生だった。それは葬式に来ている人たちの人数や表情からも読み取れる。お経が鳴り響くこの部屋で涙を流すような人は誰もいない。この場に来ている誰一人として俺が死んだことに胸を痛めていないだろう。おそらく早く終わらないかなぁとか、めんどくさいなぁとか思っているに違いない。


「父さん……こんなバカ息子でごめん」


 この場において唯一血の繋がった男性に対して、苦笑を浮かべながら謝罪する。届くことはないし、死んだ後に謝っても何の意味もないが今は無性に謝罪の言葉を口にしたかった。


「葵さんも……冷たい態度を取ってしまってごめんなさい」


 血の繋がりを持たない自分の母にも頭を下げる。彼女は何も悪くなかった、それなのにどうしても現実を受け入れられなかったクソガキのせいで辛い思いをしたに違いない。


 そして──────


「お前が一番つらい思いをしただろうな鈴乃すずの。いくら謝っても足りないとは思う。それでも……ごめん」


 何も罪はないのに、俺の我儘のせいで心地の良い空間の一つを壊されてしまった少女。もし彼女に一言声を掛けられるのなら土下座と共に謝罪の言葉を述べるだろう。それほどまでに俺は母と妹に申し訳なさと罪悪感を感じていた。


 彼女たちは今どんな気持ちで最前列に座っているんだろう……。


 憎んでいるだろうか、それともどうでもいいと思っているだろうか。普通の一般的な家族であれば胸が張り裂けそうな思いを抱えるだろう。当分は消えることのない悲しみを抱えるだろう。


 だが、彼ら彼女らは違う。何も思わないし感じない。俺が死んだことに対して「あっそ」という風にしか思っていない。それどころか「遺体の後処理めんどくさ」とも思っているかもしれない。


「……ま、そう思われて当然か」


 ああ…………なんてつまらない人生だったのだろう。


 何事もなく順調に進んでいく自分の葬式を見ながら再度頭の中でそう呟く。神のみぞ知ることではあるが、きっと俺はこの葬式が終われば地獄か或いはよく分からない場所へと飛ばされるだろう。


 後悔も未練もない……なんてことはなく、後悔だらけ、未練たらたらの人生だった。


「自分が死んでも誰も悲しまないって言うのは結構心に来るもんあるな……ははっ、まぁしょうがないことだけどさ」


 自虐的な笑みを浮かべ自分の25年間の人生を瞼の裏というスクリーンに映し出していく。友人と呼べる友人もいなければ頼れる家族も自らの手で拒んだ。孤独を選び、周りから差し伸べられる手をただ振り払った。そんな悲しい映画を。


 




「もうそろそろ時間か」


 葬式が終わりを迎える。これが終わればこの世界からいなくなってしまう。もし、もし俺の願いが届くならここにいる人たちの記憶から俺の存在を消して欲しい。そうすれば辛い過去は全て楽しかったものへと変わるし、未来永劫俺のことで煩わされることはないのだから。


「最後くらい、家族だった人の顔を間近で見てもいいかな……相手には見えないはずだからいっか」


 父さん……母さん……鈴乃……。


「……兄さんのバカ」


「っ!!」


 見えてはいないはずだ。なのに俺が鈴乃の近くへ行ったとき確かにそう呟いた。


 気のせいかもしれない、ただの勘違いかもしれない。それでも彼女の表情は、その声音はとても寂しそうで、悲しそうな声をしていた。


 彼女はまだ……俺のことを兄と──────


 涙が溢れ出てくる。ひどいことをしたのに、絶対につらい思いをしたはずなのに。こんなくそ野郎のことをまだ兄と思ってくれているなんて。


「ごめん……ごめんよぉ…!!」


 俺は妹の前で蹲り声が裏返ることも気にせずただ謝罪の言葉を並べていく。


 もし、次も人として生を受けたのならば、必ず家族は大切にしよう。家族以外の人にも優しく、親切に接しよう。そして人生最後の時に大勢の人が悲しんでくれるような、そんな人になろう。


 家族につらい思いをさせたこの罪は一生消えない。だから、次の生では──────きっと──────

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