第6話 様子見

 小学生としての生活が始まった。時間というのは案外早く過ぎるもので春休みが終わってからもう既に1か月以上経っていた。前世の反省を生かした俺はクラスの中でうまく立ち回っていた。あまり目立つことは無いけれど、多くの人に親切にした結果、かなりの人に好かれるようになった。


 普段は仲のいいグループで話す事がほとんどだが、他のグループの男子とも話すし女子ともちゃんと会話が出来ている。先生からもそこそこの評価を貰えているためかなり順調な学校生活を送れている。前世では休み時間も机に突っ伏しているか、適当にぼんやりとしているかのどちらかだったためかなりの進歩だ。


「あっ、消しゴム忘れちゃった……」


「はい、これ使って?」


「え、いいの?」


「うん、俺二個持ってるから」


「ありがとう晴翔君!」


 家族を大切にする、妹を甘やかす。この二つが大きな目標であり目的なのだが、もう一つ俺の第二の人生の大きすぎる目標がある。それはあの世へ行くとき皆に悲しまれるような人になること。こっちの目標は漠然としていて、大きすぎると自分でも理解している。そのためこっちの方はあまり深く考えずに人助けや人に親切にすることを意識するだけに留めている。


 まぁこの意識のおかげで順風満帆な生活が送れているので概ね目標に向けて行動出来ているだろう。だが、家族を大切にする、そして妹を甘やかすという目標に関しては中々進展が見られない。


 別に仲が悪いとか、ぎくしゃくとしているわけでは断じてない。ちゃんと会話もするしお互いにいい関係が築けていると思っている。ただ、距離感の変化をあまり感じられないのだ。適切な距離感が保てているのかもしれないが、それはあくまで血の繋がっていない他人としてはである。兄妹として見るのであれば俺と鈴乃の関係は100点満点中30点行くか行かないかレベルである。


 俺は出来る限り鈴乃のことを甘やかしたい。前世で辛い思いをさせてしまった分、今世では幸せになってほしいし、幸せになる手伝いがしたいと思っている。が、鈴乃の性格上こちらからぐいぐい行くと逆に嫌われてしまう可能性がある。それを考慮した結果、一緒に暮らしている少し気の許せる他人という何とも言えない絶妙な距離感に落ち着いている。


 もう少し彼女と仲良くなれれば良いのだが……。








「晴翔、一緒に帰ろうぜ!」 


「ああ、ごめん。妹と一緒に帰るからまた今度な」


「そっか、じゃあまたな」


 仲のいいクラスメイトに一緒に帰ろうと誘われるが、丁重にお断りする。頼まれたわけではないが時間が合えば鈴乃とは一緒に下校している。もちろん鈴乃が友達と一緒に帰るなら俺は感動の涙を流しながらその場をクールに去るのだが、うちの妹は極度の人見知りである。クラスで浮いているということは無いが馴染めていないらしい。まぁ友達は出来たと聞いたのでひとまずは安心である。


 準備を終えた俺は玄関を出て人の邪魔にならなさそうなところへ移動する。鈴乃がこの学校に来たばかりの頃は教室まで迎えに行っていたのだが、毎日毎日迎えに行ってると迷惑になるだろうし、俺のせいで変な噂が立ちかねない。


 そのため俺はこうして友達を待っている体で妹のことを待っている。鈴乃にもここで待っていることは伝えているし、もし一緒に帰ることになったらそれはそれでいいし、鈴乃が友達と帰るとしても俺はその姿を後方から見守ることが出来て一石二鳥。シンプルながらも素晴らしいアイデアなのである。


「あっ、鈴乃……ちゃん?」


 こちらへとすたすた歩いてきた鈴乃。だがどう見ても様子がおかしい。確かに普段も少し俯き気味で歩いている鈴乃だが今日は明らかに落ち込んでいる。


「……じゃあ帰ろっか」


 俺の言葉に鈴乃はこくりと頷き、俺の一歩後ろをついて歩き始める。


 うん、これは絶対に何かありましたね。


 俺に少しは気を許してくれている鈴乃は普段であれば俺の横を歩いてくれる。それに今日の学校はどうだったなどの他愛ない話を聞くと、途切れ途切れではあるがしっかりと答えてくれる。


 だが今の鈴乃はどうだろうか。見るからに悲しげな雰囲気に身を包み、全身から話しかけないでオーラを放っているではないか。こんな風になってしまった妹を兄が放っておくだろうか、いや、放っておかないだろう。


「ねぇ鈴乃ちゃん、今日学校で何かあった?」


「っ……!」


 鈴乃の体がびくりと揺れる。何とわかりやすいのでしょう。


「無理しなくてもいいけど、良かったら話してみない?力になるよ」


 強制はせず、出来るだけ優しい口調で話しかける。


「その……あの……」


 これで話してくれるのがベストだが……


「大……丈夫」


「……そっか」


 どうするべきか悩んだ末、俺に話さないことにしたらしい。まぁ先生に怒られたとかそういう類のものかもしれないからね、ひとまず無理強いはせずに話してくれるまで待つことにしよう。お兄ちゃんは懐が深いのである。

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