第7話 目撃

 鈴乃の様子がおかしくなってから1週間が経った。俺は未だ自分から話してくれるまで待つという姿勢を取り続けている。もうここでお気づきかもしれないが鈴乃はあの日以来どこか悲しげな雰囲気を纏っている。


 家族で過ごすときにはそういった素振りを見せないのだが、登下校時には毎度の如くしょんぼりとする。何かトラブルがあったのは確定的に明らかだ。


 今すぐにでも「どけ!俺はお兄ちゃんだぞ!!」という風に飛び出していきたい気持ちは山々なのだが、いくつかの懸念点がある。


 まず一つ目、そもそも鈴乃ちゃんはこのことを一切話したくない可能性がある。普通このくらいの年頃なら何かあったら親に構って欲しいし、心配して欲しいと思う。それなのに彼女は父さんと葵さんの前ではいつも通りに振る舞っている。この前葵さんに鈴乃なら様子について聞いてみたのだが……


「そうね……確かにちょっと元気が無いように見えなくもないけど…私的にはいつも通りに見えるわね」


と返されてしまった。だがこれに関してはしょうがないと思う。鈴乃は自分の感情を隠すのが上手いからだ。


 現状一番頼れる存在である葵さんに相談していないということは、自分で解決したいと思っているのかもしれない。


 二つ目、俺が問題解決に関わったせいで鈴乃がクラスで浮いてしまう可能性が大いにある。小学校では上級生という存在に対して少なからず恐怖の感情を抱く。中学や高校でも同様かもしれないが個人的には小学校が顕著だと考えている。


 もし仮に俺が割って入って妹を悲しませている原因を排除したとしても、その後の学校生活で「鈴乃に関わると上級生の兄が出てくる」という変な噂が立てば、本来なら仲良くなれたはずの人が近寄って来なくなる危険がある。


 俺は鈴乃に充実した学校生活を送ってもらいたい。それが俺の手によって壊されるというのは鈴乃と俺両方にとってデメリットしかない。これは絶対に避けなければならない。


 そして最後、お兄ちゃんとしての謎のプライドが許さない。見守ると自分で決めたのに心配だからと自分との約束を破り捨てるのは自分の理想のお兄ちゃん像に反している。あっもちろん緊急事態とかこれはやばそうってなったら動くけどね?


 約束はしっかり守るお兄ちゃんに、俺はなりたい。ということで俺は俯きながら歩く鈴乃の一歩前をどうするべきか悩み、そして葛藤しながら歩くという1週間を過ごしていた。


「晴翔なんか元気ないね?先生かお母さんに怒られた?」


「いや。というか何で怒られた前提なんだよ」


 頬杖を突きながら鈴乃のことで頭を悩ませていると美緒が机からひょっこり顔を出してくる。


「え、だってなんかそんな感じしたから」


「どんな感じだよ……」


 超絶アバウトな事を言われ、そう言えば自分は小学生だったことに気がつく。小学生相手に理論的な会話を求める方が無理あるよな。まぁこいつは中高でもおんなじ事言いそうだけど。


「何か悩みあるなら言ってね!あんまり悩み過ぎてると皆心配しちゃって大変だから!!」


 美緒の言葉を聞き、俺はぐるりと教室を見渡す。すると複数人、というかクラスの多くの人から視線を向けられていた事に気づく。やっば、めちゃ見られてますやん。


 授業中に発表する時レベルで視線を集めていました。人助けを積極的にしたおかげで人望レベルがすごいことになっとる。


「そうだね、教えてくれてありがと美緒」


「お、おん?」


 あ、やべ。つい手が伸びてしまった。


「ごめん!」


 ちょうど良い距離にあった美緒の頭をついて撫でてしまった。突然頭を撫でられた事で美緒は困惑の表情を浮かべている。


 ……一瞬美緒を妹みたいに感じてしまった。そのせいで手が伸びてしまったんです、決してわざとではないんです。


 最近自分の中にあるお兄ちゃん人格がメキメキと成長している。中身が大人だからというのも影響しているだろう。こういう時につい頭に手を伸ばしてしまいそうになる。俺前世は年下の子と関わりほとんど無かったのに……お兄ちゃんって怖いな……これから気をつけなきゃ。


 内なるお兄ちゃんに戦慄しながら俺はできるだけ明るい空気を作り出す。今すぐ鈴乃のことをどうこうできないという結論は大分前に出ているのだ。今はどっしりと構えていようじゃないか。






「晴翔君、ごみ捨てお願いしてきてもいい?」


「うん、任せて」


 現在俺はお昼休み後の掃除に従事していた。うちの学校ではお昼休み終了後は授業ではなく掃除を行ってから授業を再開する。掃除が始まって早々ごみ捨てを任された俺は教室を出てゴミ捨て場へと向かう。


 一緒に掃除をしている人はあまりゴミ捨てに行くのが好きではないようだが、実はこの役職こそが掃除の中で一番楽なのだ。何故なら掃除時間の大半をごみを捨てに行くということに費やせるからだ。この時だけ異常に歩く速度が遅くなってしまうのはわざとではなく、持っているゴミが重いからなんです。こう言い訳しておけばお咎めなしに掃除をさぼることが出来る。


「はんっ!お前がのろまだから俺が手伝う羽目になっただろうが!」


 ゴミ捨て場へと向かうと幼さが残った、少しだけ怒気の籠った声が聞こえてくる。おいおい……こんなところで喧嘩しないで?しかも今掃除中だよ?


 今から声のする方へ向かわなければならない俺は周りに人がいないのをいいことに嫌な顔を浮かべる。出来れば気まずい空気が流れている場所に足を踏み入れたくはないんだけどなぁ……仕事だから仕方ないか。


 はぁと大きくため息を吐き、ゴミ捨て場へと向かおうとした時俺の耳には聞きなじみのある声が聞こえてきた。


「ご、ごめんなさい……」


 は?……今の声って……


 俺の体がピタリと止まる。いや、まさかそんなわけがない。ただの聞き間違いだと自分に言い聞かせてみるも脳みそはこの主をすでに特定済みなのか、否が応でも聞こえてきた少女の声が誰のものなのかを俺に伝えてくる。


「ったく、俺がいないとどうしようもねぇなまじで」


 ちらりとゴミ捨て場を覗いてみるとそこには、腕を組み高圧的な態度を取っている少年とその隣で顔を伏せている愛しの妹、鈴乃の姿があった。

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