第5話 幼馴染

 桜が咲き誇り、出会いと別れをばねに新たな生活へと踏み出していくこの季節。俺の通っている小学校もついに春休みを終えて新学期がスタートする。まさかこの年になって小学校の授業を受けることになるとはみじんも思っていなかったが、まぁそこそこ真面目に授業を受けるとしよう。


「晴翔君、鈴乃のことよろしくね」


「はい、任せてください。それじゃあいこっか鈴乃ちゃん」


「う、うん……」


 そう複雑な道のりではないが、初めてということもあって俺は鈴乃ちゃんを連れて学校へ行く。鈴乃は緊張しているのかぱっと見でも分かるほど肩に力が入っており、表情もどこかしら固い。人見知りの彼女にとって新しい環境というのは楽しみやワクワクとは程遠い緊張や恐怖の対象なのだろう。


「いってらっしゃい、気を付けてね」


「いってきます」


「…ってきます」


 そうして俺と鈴乃は学校へと向かう。こういう時兄として妹の緊張をほぐすというのは非常に大切なことは理解しているのだが、如何せんどのように声を掛けたらいいか分からない。うーむ……どうするべきか……。


「鈴乃ちゃん緊張してる?」


 返事はなかったものの、その代わりに鈴乃はこくりと首を縦に振る。


「前の学校にいた友達ともう会えないのは悲しいよね」


「うん……でも私そんなに友達多くなかったから……」


 あぁ、まぁ人見知りだとあんまり交友関係は広くないよね。でもお兄ちゃんそんなに交友関係広くなくていいと思うの。それに前世では俺も友達ほとんどいなかったし。というかゼロだったし。


「大丈夫だよ、俺もそんなに友達は多くないし。それに鈴乃ならすぐに友達出来るよ」


「そう……かなぁ……」


「大丈夫大丈夫。あっ、でももし誰かに嫌なことされたらすぐに言ってね。俺がその子のことボコボコにするから」


「え、えぇ……!?」


 妹をいじめる奴絶対にボコすマンです。大丈夫、暴力に訴えかけるとかじゃなくてちょっとばかしお話するだけだから。


「その…乱暴はだめだよ?」


「そんな乱暴な真似はしないから安心してくれ」


 心優しき少女鈴乃は俺のボコボコにする発言を聞き少し怯えながらこちらに注意喚起をしてきた。やっべ、さすがにこの発言は良くなかったか。不用意に鈴乃を怖がらせてしまうとは……お兄ちゃん失格だな。


「おっはよー!!」


「おふっ!…ランドセル叩くなよ美緒みお


「別にいいじゃん、減るもんじゃないし」


 耐久値は確実に減ってると思うんですけどね。


 後ろを振り返るとそこには茶髪、正確に言うとオレンジの方が近い明るい髪色をした少女の姿があった。彼女の名前は神崎美緒かんざきみお。俺の幼馴染だ。その髪色と同じように明るい性格の持ち主で天真爛漫という言葉が良く似合う少女だ。


「ねぇ晴翔、気になったこと聞いていい?」


「ん?いいけど、急にどしたの?」


「晴翔に引っ付いてる可愛い女の子は誰?」


 ああ、そういえば説明してなかったわ。先ほど美緒が登場してから俺の後ろに隠れ、腰あたりをがっしりと掴んでいる鈴乃。まぁいきなり後ろから大きな声と音が鳴ったら隠れちゃうのもしょうがない。家の幼馴染がまじですんません。


「あぁ…この子は妹の鈴乃」


「え!?晴翔って妹居たの!?」


「いや、父さんが再婚したんだ。それで新しい家族になったの」


 前世では頑なに認めなかった、喉元にすら届くことのなかった言葉が今はするりと出てくる。俺は今葵さんと鈴乃を家族だと認識している。心に深々と突き刺さっていた無数の針がほんの少しだけ抜けた気がする。


「へぇ~そうなんだぁ……初めまして鈴乃ちゃん。私美緒!これからよろしくね!」


「よ、よろしく……ねが……ます…」


 少し屈んで鈴乃と視線を合わせる美緒。悪い人ではないのだが鈴乃とはどうにも相性が悪そうだ。何せ鈴乃は超が付くほどの人見知りだからね。


「ごめん美緒、鈴乃ちゃんちょっとだけ人見知りなんだ」


「ううん、大丈夫!こっちもおっきな声出しちゃってごめんね?」


 美緒……なんて良い奴なんだ……。


 前世の記憶でも彼女はかなり性格も愛想も良くて、男女問わず人気者だった。前世ではこの時期辺りから徐々に関りが薄くなっていってしまったが今の俺は違う。俺は美緒のことを友人兼幼馴染として大切にしよう。


「けど鈴乃ちゃんは晴翔のことは大丈夫なんだね。さすがお兄ちゃん」


「まぁ一緒に暮らし始めたから、他の人よりはって感じでしょ」


 先ほどから俺の服を掴んだまま置物になってしまっている鈴乃。流石にそろそろ登校を再開したいところなのだが、動く気配は全くない。どうしたものか……あっそうだ。


「鈴乃ちゃん、手繋ごっか?」


 このまま鈴乃を振りほどいて歩くという選択肢は論外だし、かと言ってこのまま留まっているわけにはいかない。ならば手を繋げば鈴乃ちゃんの気を少しでも紛らわしつつ学校へと向かうことが出来るのではないか?


「う、うん……!」


 差し伸べた手をそっと握ってくれる鈴乃。俺は鈴乃に優しく微笑み、そっと握り返す。よし、これなら行けそうだな。


「それじゃ学校行くかぁ」


「そうだね!」


 そこから鈴乃は無言ではあったものの、美緒がいてもちゃんと歩いてくれた。前回の反省を生かし、俺は歩く速度を通常よりも遅くしている。学習し、配慮する。お兄ちゃんとして完璧な行動が出来ているのではないだろうか。ただ、手を繋いでいても引っ付いていた時と距離感があまり変わっていないのは気のせいではないだろう。

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