第129話 クレープ食べてただけなのに
「お兄ちゃんはどこか行きたいところとかある?」
「そうだなぁ……お昼ちょっとしか食べてないからどっかでご飯食べたいかな」
お昼のシフトというのもあってか、お昼ご飯をゆっくりと食べる時間が無かったため俺のお腹は早く食べ物をくれと先ほどから叫んでいる。いやまぁシフトの前に食べなかった自分が8割方悪いんですけどね。
「じゃあ外の屋台見に行こ?さっき椿と一緒に行ったけどすごかったよ」
「よし、じゃあ外行くか」
「おお……やっぱりすごいな」
涼しさが感じられる秋空の下、生徒たちは「俺たちの夏はまだ終わっていない!」と言わんばかりの熱量で自分たちの屋台を宣伝したり、屋台の中で料理をしたり、接客したりと、とても楽しそうにしていた。
「お昼はもっとすごかったんだよ?全部のお店で行列が出来てたんだから」
「まじか……そりゃすごいわ」
あまりの大盛況っぷりに俺は苦笑いを浮かべる。毎年文化祭にはたくさんの人がやって来るが、今年はかなりの数がやって来ているらしい。生徒会の人達にはもう頭上がりませんわ……。
「それじゃあ見に行こっかお兄ちゃ……んんっ!兄さん」
「だな」
人通りが多いからか優等生モードへと切り替える鈴乃。一応俺も鈴乃に気を遣ってちょっと距離を置くとしよう。俺と鈴乃が兄妹なのはある程度知られてるとは思うが、流石に高校生になっても一緒に文化祭回ってると知られるのは鈴乃的にもあまりよろしくないだろうからね。とりあえず一歩分距離を取ることにしよう。
「……」
「さ、さてと何食べようかなぁ?」
不満気な視線が隣から送られてくるが、俺は見なかったことにして周囲を見渡す。あのね鈴乃さん、一応これが兄妹として適正な距離感だと思うんですよ、さっきまでの近すぎだと私は思うんですよ。だからそんな目で見ないでね?
「お、クレープ屋なんてのもあるんだな……あれにしようかな」
ふと目に留まったクレープの文字に惹きつけられるまま俺は列に並ぶ。多少並んではいたが行列というほど並んでいなかったので意外とすんなりと買えた。今回私が頂くのはハムチーズのクレープです。
「いただきまーす」
うむ、ハムとチーズの塩気がとてもいい塩梅で美味しい。この二つを掛け合わせようと考えた人は絶対に頭がいい。ノーベル賞を受賞しててもおかしくないと思う。
「甘い物じゃないんですね、意外です」
「悩んだんだけどお昼ご飯として食べるならやっぱりおかず系の方が良いかなって思ってね。鈴も一口食べる?」
「ありがとうございます。あむっ……うん、美味しいですね」
昔からよく食べ物をシェアしてきているが毎度の事鈴乃は俺が口を付けたところから物を食べる。例えばアイスの時は俺が掬ったところを追うようにして掬うし、今回みたいなクレープを食べるときも俺が齧ったところから食べる。
口を付けてない所から食べればよいのでは?という考えが頭をよぎるのだが「駄目ですか?」と言われる未来が見えているし、最悪カウンターを貰いかねないため何も言わないことにする。まぁ美味しそうに食べてるならお兄ちゃん何でもいいや。
「あれ?晴翔先輩!それに鈴乃ちゃんも!」
クレープをもぐもぐしながら歩いていると聞き覚えのある声が俺と鈴乃を呼び止める。声のする方へ視線を向けると山吹色の髪を揺らしながらこちらへ近づいてくる少女の姿があった。
「柚子花さんこんにちは」
「お疲れ様椎名さん、実行委員会の仕事は大丈夫そう?」
「あ、はい!今のところ何のトラブルもなく出来てます!それと先輩なんですし私のことは呼び捨てで良いですよ。というか柚子花って呼んでください!」
「はは……それは申し訳ないから椎名って呼ばせてもらうよ」
何、何、何なんの!?これが文化祭マジックってやつ!?今日モテ期ってやつが来ちゃってるのか!?すごく申し訳ないけど全然嬉しくないよ?後ろから圧を感じるからやめて欲しいよ!?
「……兄さんって柚子花さんと仲が良いんですね。初めて知りました」
す、鈴さーん?お顔が怖いですよ~?ほらニッコリ笑ってー……って笑ってたわ。
俺の隣でにこやかに笑う鈴乃。しかしその笑顔からはただならぬものが滲み出ており俺は蛇に睨まれた蛙のように体の筋肉が硬直してしまう。
「生徒会の仕事を手伝ったときにちょっとね……」
そこまで仲良くなった覚えはない。しかしここで「いや?全然仲良くないけど?」なんてことを言う度胸はなく、当たり障りのないことを言うことしか出来ない。
「そうなんです!晴翔先輩にはすごく優しくしてもらって……」
してないよ?勝手に記憶捏造するのはやめてね?
突如として現れた存在しない記憶に俺は椎名を思わず凝視してしまう。すると俺の視線に気が付いたのか椎名は舌をペロッと出してこちらにウインクをしてくる。自分が可愛いと自覚しないと出来ない高等技術……何だこの子あざといかよ……。
「へぇ……そうなんですねぇ……」
って今はそんなことしてる場合じゃないわ!な、何とかしないと……せっかく元に戻った鈴乃の機嫌がまた悪くなってしまう!
「それで話しかけてきたってことは何か用事でもある?」
「いえ、特にありませんよ?先輩と鈴乃ちゃんが仲良さそうにしてたから声を掛けてみただけです」
「そ、そうなのね……」
「だったら話しかけてこないでよ!」と言いたげなのがひしひしと伝わってくる……す、鈴乃さーん?流石に同級生相手に圧かけるのは流石に良くないよー?
「あ、そうだ先輩!明日私ミスコンに出るんです!もし良かったら応援にし来てくれませんか?」
実はこの学校にもミスコンが存在する。基本的なルールやその他諸々もごくごく普通のミスコンだが、このミスコンは男女問わずとても人気なのである。
その理由は時折筋肉ムキムキのごっつい女の子や、すね毛がもさもさとしている坊主頭の女の子が現れるから。要するに男子生徒も参加権があって可愛いと面白いを同時に見れてとても人気だと言う話だ。ちなみに男子も参加するのにミスコン?と言うツッコミは一切受け付けてないらしい。
「あー……時間が合えば行こうかな?」
ここで行くよ、なんて答えられるはずもなく「俺は行けたら行く」の派生語を駆使しなんとかこの場を凌ごうと試みる。
「……必ず来てくださいね?」
「んぐっ……善処はするよ」
潤んだ瞳でこちらを見上げる椎名に俺は返事を変えざるを得なかった。捨てられた子犬のような目で見られると断るに断れない。しかも身長差があるせいでなおさら断るのが難しく感じる。もう君今すぐ演劇部入った方が良いよ……。
「本当ですか!?ありがとうございます!それじゃあ明日絶対に来てくださいね!それではまた明日!」
「ああ……うん……お仕事頑張ってねー」
手を振りながら去っていく椎名へ手を振り返す。椎名が見えなくなった後、俺は視線を横へとスライドさせる。視界に捉えた鈴乃はアルカイックスマイルを浮かべており、それを見た俺は思わず乾いた笑いが零れる。ふぅ……さて、どうしようかしら。
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