第130話 綿あめ
「全く油断も隙も無い……ほんのちょっと嫌な予感はしてたけどまさか本当にお兄ちゃんを狙いに来てるとは……」
「え、えっと……鈴乃さん?」
先ほどからぶつぶつと独り言を連ねている鈴乃に俺は恐る恐る声を掛けてみる。なんか今日とばっちり受けること多くない?茜先輩にしても椎名にしても自分から何もしてないんですけど……。
「何お兄ちゃ……じゃなくて兄さん?」
キリリとした鋭い視線がこちらへ向けられる。あまりの鋭さに思わず言葉が引っ込みそうになったがここで引いたら自分のメンタルが死ぬと察した俺は何とか声を絞り出す。
「あ、いや……つ、次はどこに行こうかなぁって。鈴はどこか行きたいところとかある?」
「……そうですね」
一瞬背筋をそっと撫でられたかのような錯覚を覚える。背中からぞわぞわとした感覚が身体全体を駆け巡り鳥肌が立つ。こ、怖いですよ鈴乃さん……。
「一つ、行きたい場所が思いついたのでそこに行きましょうか」
「鈴の行きたい場所ならどこでも着いてくよ」
これ以上鈴乃の怒りに触れないよう細心の注意を払いながら足を動かす。一体どこへ行きたいのかは分からないが、とりあえずここは黙ってついていくのが吉であり、それ以外は全て凶なのだ。オレ、スズノニ、シタガウ。
「……綿あめ?」
校舎に戻り、向かった場所にあったのは綿あめという想像していたものとは大きくかけ離れた、とても可愛らしい看板だった。
「はい、ここで綿あめを自分で作れるらしいんですよ」
「へぇ、自分たちで作れるなんてすごいね。これなら小さな子供たちも楽しめそうだし」
「ですね、ただ綿あめを売るよりとてもいいアイデアだと私も思います」
自分の手で作ったものはただ売られている物よりも美味しく感じる不思議。綿あめを作るときってなんかこうすごくワクワクするんだよなぁ。普段聞かないような機械音と伝わってくる熱、そして鼻の奥に広がる砂糖の甘い香り。ただ棒をくるくるさせるだけなのにあれほど楽しいのは中々すごいと思う。
「あ、私は見てるので兄さんがやってください」
「鈴はやらないのか?」
「はい、なので後で少しだけ貰っても良いですか?」
「もちろん」
こうやって綿あめを作るなんて何年ぶりだろうなぁ……。よし、出来るだけ綺麗な形に作るぞ!
はい、駄目でした。割りばしに巻き付けられた糸の束はとても歪な形を作り上げていた。綿あめづくりってこんなに難しかったっけ……それとも俺がただ不器用なだけ?
「ふふ、面白い形の綿あめが出来ましたね兄さん」
「ははは……流石に不格好すぎるなこれは」
「でもこれが綿あめ作りの醍醐味とも言えますよ」
「確かに、そう言われるとこれはこれでいいかもしれないな」
何とも格好悪い綿あめを作り終えた俺と鈴乃は休憩がてら座って綿あめを食べることにした。鈴乃の希望で人のいなさそうな場所を探した結果、校舎の端の方にある階段に腰かけることになった。
こんなところに座って物を食べていいのかという一抹の不安が頭をよぎったが、ばれなければなんとやら、という偉人の発言に基づきここでゆっくりと食べることにした。まぁ先生にばれても最悪俺が提案したと言えば鈴乃へのダメージも少なくなるだろうし大丈夫かな。
「それじゃいただきまーす……うまっ」
俺は雲の様に白い綿あめをちぎり口へ放り込むと、ふわりとした甘さが口全体に広がる。その甘さを楽しもうと舌の上で転がすとあっという間に溶けてしまう。原材料は砂糖だけだというのにコクがすごい、うま味調味料でも入っているのではないかと思ってしまうほどに美味しさが口を包み込んでいく。
「すごく美味しそうだねお兄ちゃん」
人がいなくなったことでいつも通りの鈴乃へと戻る。味わって綿あめを食べている姿が面白かったのか鈴乃はくすりと笑いながら俺のことを見ていた。
「滅多に食べないからこういう時の綿あめすってごく美味しく感じるんだよな」
「確かにそうかも、ふとした時に食べる綿あめって美味しいよね。お兄ちゃん一口ちょうだい?」
「もちろんどうぞ……って鈴?」
鈴乃の方へ綿あめを傾けるも、鈴乃は綿あめに手を付ける様子はなく口を開けてねだるようにこちらへ視線を送っていた。さっきの椎名の件もあるしここは鈴乃の意図を組むとしよう。いやまぁお詫びとかそういうの抜きにお願いされてもしてたとは思うけどね。
俺は一口大に綿あめをちぎり鈴乃の口元へ持っていく。すると鈴乃は近づけていた手首をがしりと掴み、そのまま──────
「っ!?」
電流が走ったかのように俺の体がびくりと跳ねる。そう、鈴乃が綿あめごと俺の指を口に含んだのである。
ぴちゃぴちゃと音を立てながら丹念に俺の指を舐める鈴乃。生暖かい舌が俺の指を丁寧になぞる。初めての感触に体が震え、特に腰付近にぞわぞわとした感覚が走る。もう既に綿あめは口の中で消えているはずなのに鈴乃は何食わぬ顔で俺の指を食み続ける。
これ以上は良くない。脳がそう告げたと同時に彼女の口内から指を引こうとする。が、手首をがっしりと掴まれているため動こうにも動けない。力を込めればもちろん手を引くことは出来るが、そんなことをすれば鈴乃に痛い思いをさせてしまう可能性がある。つまるところ鈴乃が手を離さない限り動くことができないのである。
「す、鈴!?!?」
俺が手を引こうとしたのが不興を買ったのか、鈴乃は指をチューチューと吸ったり、まるで飴を舐めるかのように俺の指を舌で転がしたりする。しかしそんなことをされても俺に抵抗することが出来ず、ただ体に走るぞくぞくとした感覚に耐えるしかなかった。そして何時間にも感じられたこの拷問は「ぷはっ」という鈴乃の声と共に終わりがやって来る。
「ふふ、とても美味しかったよお兄ちゃん」
「そ、そうか……それは良かったよ」
ようやく解放された俺は妖艶な笑みを浮かべ、ぺろりと舌なめずりをする鈴乃に対して苦笑いを浮かべる。ただ座っているだけだというのに心臓はとんでもない速さで脈を打ち、体は熱を出したときのように酷く火照っていた。
「ねぇ……お兄ちゃん」
「ど、どうしたんだ鈴?」
小さく吐いた息と共に、固まっていた肩から力を抜いたその時鈴乃が目を閉じにこりと笑みを浮かべる。
「もう一口、食べさせてちょうだい?」
ゆっくりと開かれた鈴乃の瞳は追いつめられた得物を見つめる捕食者のそれと遜色ない輝きを放っていた。
「……はい、あーん」
彼女の嗜虐的な笑みの前に俺の身体は操り人形と化す。そして鈴乃に命令されるまま綿あめをちぎり、そして──────
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