第131話 2日目

 あっという間の文化祭、あんなに楽しかった時間も今日が過ぎれば終わってしまう。多くの生徒が幾ばくかの寂寥感を胸に抱いているものの、そんな寂しさなど感じさせない陽気さで各自出し物の準備をしていた。


 そんな中俺は明るい雰囲気が充満している場所から少し離れた、いつもと変わらない物静かな場所へと足を動かす。


「失礼しまーす」


「やぁ晴翔君、久しぶりだね」


 理科室と書かれた部屋の扉を開けると、窓際に座り外の景色を眺めていた理子さんが笑顔で俺のことを迎え入れてくれた。


「理子さん寝てましたからね」


「良く眠れました。それでどうかな晴翔君、久しぶりに私を見た感想は」


「お元気そうで何よりです」


 ふよふよとこちらに近づいてきた先輩はからかうようにニヤリと口角をあげる。が、そんな理子さんをスルーして当たり障りのない言葉を返す。どうせ会いたかったとか言って欲しいんだろうなぁ。


「そこは会いたかったとか会えなくて寂しかったとか言って欲しかったな」


「俺がそんなこという訳ないじゃないですか」


 はい、当たってました。芝居がかった声できざなセリフを吐く理子さんに呆れを込めた視線を送る。昨日は昨日で色々あったけど今日は今日で大変な一日になりそうだなぁ……。


「ちぇ、そんなだから鈴乃ちゃんに怒られるんだよ?」


「……」


 ん、ん~~???今この人なんて言った?


 全く予想していなかった言葉が飛んできたせいで俺の頭はホワイトアウトしてしまう。


「あ、なんでそんなこと知ってるんだって顔してるね?ふっふっふ、実は昨日お忍びで文化祭を見て回っていたんだよ。駄目だよ~晴翔君?鈴乃ちゃんみたいな可愛い女の子を怒らせちゃ」


 理子さんの言葉に俺の表情はメドゥーサに睨まれたかのように固まってしまう。ま、まさか一部始終を見られていたというのか……?い、いやそんな一日中俺を観察するほど理子さんも暇では──────


「まぁでもぉ?私的にはイチャイチャしているところを見られたから全然良いんだけどね。いやぁ人気のない階段であんな破廉恥なことをするとは……晴翔君も大胆だねぇ?」


 あ、これ全部見られてる奴だわ。


 口に手を当てながら俺をからかう理子さん、彼女のにまにまとした表情がとてもうざい。彼女が幽霊じゃなかったら頭にチョップを喰らわせたいレベルでうざい。


「それにあの後まさかあんなことやこんなことまで──────」


「してねぇよ!!」


 身をくねくねとよじらせながら存在しない記憶を捏造する理子さんに俺は声を荒げながらツッコミを入れる。何もやましいことはしてないからね?あの後普通に展示物を見て回っただけだからね? 


「ふふふ、やっぱり晴翔君はからかい甲斐があるね。すごく楽しいよ」


「……からかわれる身としては素直に喜べない言葉ですね。それでどうします?そろそろ始まりますけどどこから見て回りたいとかありますか?」


 会話の主導権を理子さんに渡したままだと俺のメンタルが削られ続けると言う事に気が付いた俺は、話題を変えるべく今日の予定についての話を振る。


「んー特に決めてないんだよねぇ。そういう晴翔君はどこか見たいところとかある?」


「そうですね……昨日後輩にミスコン出るから投票しに来て欲しいと言われたんでそれくらいですかね?」


「また女を作ったのかい晴翔君?いくら女好きとは言え節操ないのは嫌われるよ?」


「作ってないです。それと俺をくず人間みたいに言うのやめてください」


 何度も言うけど俺は何もしていない。加害者みたいに扱われるけど普通に被害者なのだ、そこのところちゃんと分かって欲しい。


「まぁ例年通りならミスコンは午後からだし、それまでは適当に見て回るって感じにしよっか」


「そうですね」


 流石は文化祭常連の理子さん、ミスコンが始まる時間帯をしっかりと覚えている。まぁそこに痺れもしないし憧れもしないんですけどね。






 放送部によって告げられた文化祭開始の合図、それを聞いた俺と理子さんは特に行先を決めず出店や展示物を見て回ることにした。


「いやぁ昨日もすごかったけど今日もみんな元気だねぇ」


「今日で文化祭終わりですからね、特に3年生はすごい気合入ってると思いますよ」


「……そっか、今日で終わりだもんね」

 

「……?どうしたんですか理子さん」


 どこか物憂げな顔をした理子さん、何故彼女が寂しそうな表情をしているのか不思議に思った俺は彼女へどうしたのかと声を掛ける。文化祭が終わってしまうのがそんなに悲しいのだろうか?


「ううん、何でもないよ。あっ、あそこすごい並んでるよ晴翔君!何をやってるか見に行こうじゃないか!」


「あ、ちょっ!……一体何だったんだ?」


 何事も無かったかのようにふわふわと先を行く理子さん。いきなり感情がコロコロと変わったことに困惑はしているが、一旦彼女に追いつくことを優先しよう。


「……チェキ?晴翔君、チェキって一体何だい?」

 

「写真撮影って言ったらいいんですかね?撮った写真をその場でプリント……じゃなくて印刷してもらえるんですよ」


 行列の正体はチェキだったらしい。アイドルが好きな人以外中々見聞きしないものだが、文化祭の思い出作りには確かにうってつけかもしれない。


「へぇ……確かにいい思い出になりそうだね。晴翔君どう?私と一緒にチェキ撮らない?」


「理子さんは写真に映らないでしょ……」


「もしかしたら心霊写真みたいに写るかもしれないよ?」


 幽霊の真似をしているのか両手を前に出しゆらゆらと揺らす理子さん。というか幽霊の真似じゃなくて本物の幽霊でしたわ。


「確かに映るかもしれないですけど一人でチェキ撮られる俺の気持ちを考えてください。恥ずかしさと悲しさで俺の心が死んじゃうんですよ」


 理子さんと一緒にチェキを撮るためには一人でこの列に並び写真を撮ってもらう必要がある。うん、恥ずかしさと悲しさで死ぬよ?別にボッチ耐性はあるけどこれは流石の俺でも限度がある。皆がわいわい写真撮影している所で一人悲しくカメラに向かってポーズをしている自分、想像しただけでも吐きそうになってくる。


「でもそれはそれで面白いと思うよ?友達とか恋人同士で写真を撮りに来た中で男の子が一人でチェキ撮りに来てる。これだけで有名人になれるよ、やったね晴翔君」


「そんなことで有名になっても全く嬉しくないんですけど?」


 何が「やったね」なのか、俺は満面の笑みを浮かべる理子さんにジト目を送る。その後は理子さんのお願い……もといからかいを無視し、早歩きでチェキ会場を後にするのだった。

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