第132話 赤い糸
「あ、晴翔君!ここ見たいんだけど良いかな?」
「もちろんいいですよ」
理子さんが指さしたのは手芸部の出し物だ。手作りのアクセサリーやキーホルダー類を販売していてかなり出来が良いと評判になっている。理子さんは幽霊だけど一応女の子だしアクセサリーに興味があるのかな。
「私も女の子だからね、こういうのにも興味があるんだよ」
思考を読まれた!?いやまさかそんなことは……あ、本当にそんなことなさそうだった。
一瞬どきっとしたが、自虐的な笑みを浮かべている所から思考を読まれたなんてことはなさそうだ。
「良いと思いますよ。理子さんは綺麗ですから大体のアクセサリーは似合いそうですね」
自虐的な笑顔を浮かべた理子さんにそんなことは無いと言う事をしっかりと伝える。別に幽霊だってアクセサリーに興味を持ってもいいと思う、所謂多様性ってやつですよ。
「……とうとう晴翔君も気付いちゃったか、私が超美少女なことに!」
「はいはい早く行きますよー」
「むぅ……少しは乗ってくれてもいいじゃないかな?」
じとりとした視線を送られたが気付いていないといった素振りで足を動かす。そんな決めポーズ決めながら言われると腹立つから辞めて欲しい。それと俺の気遣いを返せ。
中に入るとたくさんのアクセサリーやキーホルダー、それに小さなぬいぐるみ等が陳列されていた。そして奥の方では小さな子供とその親が何かを一緒に作っている様子が伺えた。
「あれなんだろう……ちょっと見てくるね」
奥の方で何をしているのか理子さんも気になっているらしい。俺に断りを一つ入れ、理子さんはふわふわと奥の方へ移動し、机の上を覗き見する。そしてその正体が分かったのか、それとも分からなかったのかどっちとも取れない表情を浮かべながらこちらへ戻って来た。
「ちっちゃい粒?みたいなので何かを作ってたよ」
「ビーズアクセサリーじゃないですかね?その粒でアクセサリーを作れるんですよ」
俺は人の目を気にしながら小さな声で理子さんへ話しかける。イマジナリーフレンドと会話してる痛い奴だと思われたくないからね。
「へぇ、そうなんだ。確かに色鮮やかで可愛いの作れそうだったなぁ」
再び理子さんはふわふわと移動し、ビーズアクセサリーが作られていく様子をまじまじと観察し始める。周りから見えないという利点を生かし、間近で作業を見る理子さんの表情はガラスに顔を張り付ける工場見学に来た子供みたいだった。
「……色々あるんだなぁ」
そんな理子さんを横目に陳列されている物の眺めているとシュシュや髪飾り、ブレスレットに定期入れなど様々な物が置かれていた。これら全てを手作りしたというのだから本当にすごい、俺だったら一個作ってもう無理ってなりそうだわ。
「晴翔君、何かいいもの見つかった?」
ある程度満足したのか理子さんは俺の横へやって来て、俺と同じように商品を眺め始める。
「いや、ただ眺めてただけです」
「眺めてるだけでも面白いもんね。あっそうだ!鈴乃ちゃんとかに何かプレゼントすればいいんじゃないかな?きっと喜ぶと思うよ」
「確かに……でもどれが良いと思います?」
たくさんの小物がある中で鈴乃に何をプレゼントしたらいいか、お兄ちゃん全く分かりません。俺のセンスisどこ……?
「そうだなぁ……これとかはどう?シンプルだけど可愛いし鈴乃ちゃんに似合うと思う」
そう言って理子さんが指を差したのは白い花の髪飾りだった。華々しさや綺麗さというよりむしろ素朴さが感じられるものだ。しかし、その素朴さが鈴乃の可愛さをより惹き立てくれる気がする。髪飾りを付けた脳内の鈴乃がとてもかわいかったので現実の鈴乃はもっと可愛いだろう。
「いいですね、すごく良いと思います」
「でしょ?私ってセンスのある女の子なんだよね」
「俺はこういう物を選ぶのあんまり得意じゃないんで助かります。ちなみにそんなセンスのある理子さんが好きなのはどれなんですか?」
「え?そうだなぁ……私は──────」
俺と理子さんはウィンドウショッピングと普通のショッピングの両方を楽しみ手芸部を後にする。
「ねぇ晴翔君、本当に良かったの?」
「もちろん、せっかく一緒に回ってるんだからこれくらいはさせてくださいよ」
「……そっか……ふふ、ありがとね晴翔君」
俺は鈴乃へのプレゼントの他に理子さんが好きだと言った、朱色の革ひもを2連巻きしたとてもシンプルなブレスレットを買った。
俺はご飯を届けた時と同じ要領でこのブレスレットを理子さんに送り届けると、彼女はとても嬉しそうに顔を綻ばせ、白く細い右手首にブレスレットを身につける。そして装着したブレスレットを数秒間まじまじと見つめた理子さんはこちらへ顔を向ける。
「晴翔君もつけてよ」
「俺もですか?」
「うん、そうしてくれると嬉しいな」
このブレスレットなら俺が付けてても違和感ないから良いかと思った俺は買ったブレスレットを左手首にはめる。それを見た理子さんははにかみながら口を開く。
「なんだか運命の赤い糸みたいだね、晴翔君」
「……どうしたんすかいきなり」
いきなり素っ頓狂なことを言いだした理子さんに俺は困惑の色が滲んだ声音で言葉を返す。
「このブレスレットは私と晴翔君の二人しか持ってない特別な物。本来なら私はこうやっておしゃれをすることも叶わない運命にいた。……けど晴翔君がそれを壊して新しい運命を引っ張って来てくれた。このブレスレットはその証。どう?お伽話みたいだし運命の赤い糸みたいでしょ?」
普段の明るさとは違う儚さが混じった声に俺は思わず息を呑んだ。悲劇のヒロインのような物憂げな表情は、そこから救われ幸せになった時の顔に変わる。まるでプロの劇のワンシーンを見たのかと思わせるほどの表情の変化に俺はつい見惚れてしまう。
「……本来の運命の赤い糸とは別の意味ですけど、確かにそうかもしれませんね」
「一言余計だよ晴翔君。これは私と晴翔君を繋ぐ赤い糸、それだけ認めてくれれば良いんだよ」
頬をぷくりと膨らませる理子さんに一言謝罪を入れると、「まぁ私は寛大だからね」という言葉を添えて許してもらえた。一言余計なのはお互い様なのではと思ったが、ここでそれを言うとまたお小言を言われる未来が見えたので黙っておくことにした。
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