第133話 一生のお願い()

「お腹が空くには良い時間だね晴翔君」


 文化祭を楽しんでいると、あっという間にお昼の時間がやって来た。静かだったお腹の虫がもう少しで輪唱を始めようと発声練習を行っている。


「理子さんは何か食べたい物とかありますか?」


「うーんそうだなぁ……」


 顎に手を当て「むむむ……」と唸り始める理子さん。しばらく悩んだ後に理子さんはうんと頷き口を開く。


「お祭りっぽいのが食べたいかな!」


「お祭りっぽいもの……ですか」


「うん、文化祭を楽しめる食べ物が良いな!」


 割と難しい注文が来てしまい俺はスゥーと音を立てながら大きく息を吸う。ぶ、文化祭を楽しめる食べ物って何だ……?文化祭を……楽しめる……食べ物……?


 俺の思考がゆっくりと息を引き取る。焼きそばやたこ焼き、クレープにワッフルなど色々な食べ物が頭をよぎったがどれもこれも文化祭を楽しめる食べ物かと言われると何とも言えない。そんないきなりかぐや姫みたいに難しい要求をされても困るんですけど……というか今更だけどあんな意味わからない要求するとかかぐや姫って大分あれな性格してそうだよなぁ。


「晴……君……晴翔くーん?」


「あ、すみません。ちょっとかぐや姫について考えてました」


「かぐや姫?」


「気にしないでください。それで文化祭を楽しめる食べ物でしたっけ?」


「うん、文化祭の雰囲気を楽しめる感じのものが良いかな」


「そうですね……とりあえず屋台見に行きましょうか」


 文化祭を楽しめる食べ物、それが一体何なのかはよく分からないがとりあえず屋台に行けば雰囲気は楽しめる……はず!





「おおー……すごい人の数だね」


「丁度お昼時ですからね……にしてもこれはすごいですけど」


 外は人でごった返していた。男女問わず聞こえてくる売り子の大きな声と楽しそうに笑う生徒や家族の声が混ざり合い、まるで水の中に居る時の様な音が耳へ届けられる。


「さぁ、行こう晴翔君。早く並ばないと売り切れちゃうかもしれないからね!」


「ですね」


 俺と理子さんは一通り屋台を見て回り、焼きそば、フランクフルト、サイダーと言ったお祭り感満載の食べ物を買い、屋台を後にした。文化祭っぽい食べ物と言うよりむしろ夏祭りっぽいような気がするが細かいことは置いておくことにした。


「いただきまーす!」


 休憩も兼ねて理科室へと移動した俺と理子さんはいただきますの挨拶をしてから戦利品を口へ運ぶ。理子さんはフランクフルトにかぶりつき、俺は焼きそばを口へ放り込む。焼きそばが舌の上に乗った瞬間感じる塩味、麺をコーティングする油、屋台の焼きそばと言えばこれだと言わんばかりの味の濃さが口の中を刺激する。時々食べるこういうジャンキーな焼きそばって美味しいよね。


「ん~美味しい~!初めて食べたけど肉汁が溢れてくるのがたまらないね」


 フランクフルトを口いっぱいに頬張った理子さんが頬を緩める。そういえばフランクフルト食べたことないのか……初めて食べるフランクフルトはさぞ美味しいだろうなぁ。


「晴翔君も食べてみてよ。はい、あーん」


 そう言って理子さんは俺の口元へフランクフルトを持ってくる。


「あーんされても食べれないんですけど……」


「むぅ……ほら早く食べてよ」


 分かりやすく拗ねた理子さんはフランクフルトを食べるよう急かす。俺は一度箸を置いてフランクフルトへかじりつく。


「熱っ!……あ、うま」


 フランクフルトへ歯を入れると口の中に肉特有の甘い油と熱い油が口全体に広がる。嚙み締める度に広がる肉のうまみに俺は自然と言葉が漏れていた。


「でしょ?どう?私のフランクフルトは」


「理子さんのじゃないんですけど?」


 いつから理子さんがフランクフルト作ったことになったんですか?それと私のフランクフルトって言葉なんか良くない気がするから辞めて欲しい……いや、これは俺の脳が腐ってるだけか。


「細かいことはいいの!それと焼きそばはどうだった?美味しかった?」


「美味しいですよ、お祭りの焼きそば特有の脂っこさはありますけどね」


「ねぇねぇ晴翔君、私に焼きそば食べさせてよ」


「だからあーんしてもされても食べれないと思うんですけど?」


「晴翔君からならいけるよ!ほらさっきと同じ要領で私に届いてって思いながらやれば出来るでしょ?」


 あー……確かに理子さんからは無理でも俺があーんをする分には一応可能なのか。


「お願いだよ~、私も鈴乃ちゃんみたいにあーんされてみたいんだよ~」


 わざとらしく体を揺らしながらお願いをしてくる理子さん。その姿はおもちゃをおねだりする子供そっくりだった。


「はぁ……分かりましたよ。だからその動きやめてください」


「ほんと!?ありがとう晴翔君!」


 ため息と共に了承すると理子さんは花が咲いたように笑う。別に自分で食べた方が早いと思うのだが……まぁ触れないでおこう。


「はい、あーん」


「あーん……うんうん」


 俺は焼きそばを箸で掴み理子さんの口へ向かって箸を伸ばす。上手く理子さんに届いたのか理子さんはモグモグと口を動かし始める。


「うん、ちょっと脂っこいね」


 口に合わなかったのかと少し不安になったが、理子さんは「でも」と言葉を続ける。


「晴翔君にあーんしてもらったから今までで一番美味しく感じられたよ」


「……いきなりなんですか」


「あ!もしかして照れてるのかな~?」


 理子さんの不意打ちに俺は言葉が詰まる。それを見た理子さんはにやにやとした笑みを浮かべながらこちらの顔を覗こうとしてくる。ええい、厄介だなこの幽霊は!!


「ねぇね晴翔君、もう一回あーんしてくれない?」


「からかったのでもうしません」


「ごめんってば晴翔君。一生のお願いだからもう一回あーんしてくれないかな?私幽霊だけど!」


「……一生のお願い2回目なんですけど?」


 今日一緒に回ることになったのは理子さんの一生(?)のお願いによる物だ。あんな真剣な表情で言ってたし忘れている、なんてことはないはずだが……


「ソ、ソウダッケー?」


 理子さんは上擦った声でとぼけ、ロボットの様な角ばった動きで目を逸らす。やはり以前一生のお願いを使った事は覚えているらしい。幽霊でも一生のお願いは多様されるんだなぁ……。


「……まぁいいですよ。はい、あーん」


「!……えへへ〜晴翔君すき~。もっと甘やかして~」


「それ以上調子に乗ったらもうしませんよ?」


「はいすみませんでした」

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