第59話 エンカウント

 夏休みが始まった。最初の数日で生活習慣がおかしくなるという、長期休暇の闇に飲まれそうになったが、颯太からの『補講来るよな?てか来てくれよ?』という定期的なメッセージにより1,2時間程度のずれで耐えることが出来ている。


『さぼんなよー?お前いないと俺マジでどうなるか分かんないからなー?』


 今朝も同じようにメッセージが届いていた。返信をするのがめんどくさくなって既読無視をしていたせいか、文面が絶妙に気持ち悪いことになっていた。とりあえず颯太には『お前はいつからメンヘラになったんだ』とだけ返しておきました。


「そんな言われなくても約束は守るっつうの……それじゃあ行ってきまーす」


「行ってらっしゃいお兄ちゃん、暑いから熱中症に気を付けてね!」


「ありがと、気を付けるよ」


 玄関まで見送ってくれる鈴乃の頭をそっと撫で玄関の扉を開ける。


「……やばい、帰りたくなってきた」


 体を包み込む空気が急に重くなる。外の世界に足を踏み入れただけだというのにこの暑さとじめじめ感。今すぐにでも回れ右をしたい。部屋でゴロゴロしたい。


『来るよな?』


「……あいつはエスパーか何かかよ。……はぁ」


 『今家出た』と簡潔な文章を送り、俺は学校へ向けて重たい両足を動かした。







「はい、ってことで今日はここまでです。まぁ数日の間は皆さんと顔を合わせることになりますんでよろしくお願いしまーす」


 一つの空き教室に一クラス分行くか行かないかくらいの人数が集まり授業が行われた。内容は期末テストの問題の解説を軸に、今まで学んだ内容の復習といったもの。


 赤点を取ってしまった生徒が対象だからか授業の進行速度は速くない。普段の授業が教科書の内容を「進める」授業であるならば、この補講は教科書の内容を「理解する」授業といったところだ。


 生徒たちからやる気はあまり感じられないが、いつもよりも自力で問題が解けるおかげか授業には真面目に取り組む人が多い。これには先生もニッコリ。


「だ~やっと終わった~……」


「お疲れ颯太」


 隣で大きく伸びをする友人へと声を掛ける。ちなみに俺は先生から直々に内職してていいよと言われているため静かに宿題を進めていた。家でやるより捗るため、これなら全然補講を受けに来ても良いな。 


「でもこの後普通に部活なんだよなぁ……明日とかは午前だから丁度被るんだけど今日みたいな日はマジ普通の学校みたいで嫌だわぁ」

 

「颯太が赤点取らなければ良かっただけなんだけどな」


「それはその通りでございます。ご迷惑をおかけして誠に申し訳ございません」


「いいよ別に、俺も宿題集中して出来るから」


「そう言ってもらえると助かる。それじゃあお昼食べに行いくかぁ」


「あれ……ああ、そう言えば3年も今講習期間か」


「そういうこと、ほら行こうぜ」


 3年生は夏休みといえど授業がある。受験生だから仕方がないとは思うが、夏休みなのに朝早くから机に向かわないと行けないのはかなり大変そうだ。来年は俺もああなるのか……嫌だねぇ。






 学食でご飯を食べ終えた俺は颯太と別れを告げ、玄関へと向かう。校内はひんやりとしているがここから家まで歩かないといけないと考えるとかなり憂鬱だ。今が1番暑い時間帯だから尚更外に出たくない。


「そうは言っても帰らない訳にも行かないからなぁ……はぁ、帰──────」


「あれ?晴翔君じゃないか、どうしてこんなところにいるんだい?」


 帰ろうとしたその時、後ろから聞き覚えのある声が耳に入る。足をピタリと止めて振り返るとそこには茜先輩の姿があった。


「あ、茜先輩。講習お疲れ様です」


「ありがとう。午前だけとはいえやはり面倒だね。それで晴翔君は……忘れ物でも取りに来たのかい?」


「いやぁ実は────────」


「それはまぁ……うん、どんまい?」


 事情を説明すると困ったように俺のことを励ましてくれた。うん、なんか変に気を遣わせちゃってごめん先輩。


「あ、そう言えば晴翔君、肝試しの日が決まったぞ。詳しいことはまた後で伝えるからその日には予定を入れないようにしたまえ」


「了解っす。ちなみになんですけど茜先輩ってホラー耐性あるんですか?」


「当たり前じゃないか晴翔君。そんな学校の七不思議程度じゃ怖がらないよ。ふっふっふ、残念だったねぇ?」


「……そっすね」


 何故だろう、すごく嫌な予感がする。ま、まだそうと決まったはずじゃないのにもう既に未来が見えてくる。これが未来予知かぁ。(適当)


「晴翔君こそ怖がって動けなくなるとかやめてくれよ?」


「流石にそんなこと───────」


「晴翔君が何を怖がるんだい?」


「ひょわぁ!?」


 ダウナーな声でいきなり質問をされたせいか、それとも声の主の存在に気づいたからかに、にまにまと笑う茜先輩の体がびくりと揺れる。かく言う俺も出くわしたくない人の声が聞こえてしまい、「うげっ」と声が漏れそうになる。


「れ、れん……!どうしてここに……!!」


「どうしても何も私はこれから帰る予定だったんだけど?それと……やぁ晴翔君、割と?久しぶりだね」


「……どうもっす」


 紫黒色の長髪を靡かせ、こちらに笑いかける少女。本来警戒心を解く為に使われるはずの笑顔だが、彼女の笑顔を見ると余計に警戒心を抱いてしまう。


「酷いなぁ晴翔君は。そんなに警戒しなくてもいいじゃないか、昔一緒に働いた仲だろう?」


 どうやら露骨に顔に出ていたらしい。なのになんでそんな面白い物を見る様な顔をしてるんですかあなたは。


「だからちょっと警戒してるんですよ」

 

「ふふふ、相変わらずだなぁ」


 杉崎蓮すぎさきれん、腹の奥であれこれ考えてそうな少女こそがこの学校の生徒会長であり、俺の元上司である。

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