第43話 告白
「………」
「………」
え、どうしよう。めちゃくちゃ気まずいんですけど。
今俺は望月さんと相合傘をしている状況下にある。一体何を言っているのか分からないと思うが正直俺もどうしてこうなったのか分からない。むしろ助けて欲しい。
「私の傘に入れてあげます」発言の後、数回問答を繰り広げたが望月さんに引く気配がなく、このまま行けば無理やり傘を押し付けられそうだと感じた俺はお言葉に甘えて彼女の傘にお邪魔することにした。
「……もうちょっとこっちに寄っても大丈夫よ」
「いや、気にしなくていいよ」
「……そう」
望月さんと相合傘をするという気まずさを少しでも解消するため、俺は彼女から傘を半ば強引に奪い、自分の左肩を犠牲にして出来るだけ彼女との距離を離している。俺の左肩を気遣ってくれたらしいが、気持ちだけありがたく頂くことにする。
「………」
「………」
き、気まずい………。
ざぁざぁという雨の音や傘が雨粒を弾く音、そして俺と望月さんが水溜まりを踏みつける音が鮮明に響き渡る。世間一般的に好かれている音達は今の俺にとっては気まずさを助長するノイズでしかない。
「……ねぇ高橋君」
「何?望月さん」
「私、あなたの事苦手……というよりも嫌悪感を抱いていたの」
突然あなたの事嫌い発言をされる。が、そんなことはとうの昔に気が付いていたため傷つくというよりも、どうして今になってそんなことを言いだすのだろうという疑問の方が先に頭をよぎる。
「碌に部活動に参加しないのに私よりも茜先輩と仲良くなって、頼られて。どうしてこんなに一生懸命な私より不真面目な高橋君のことを信頼しているんだろうってずっと思ってた」
彼女の独白に俺は何も言わずただ耳を傾ける。
「……最低かもしれないけどあなたが普段から人助けをしているのを見ていてすごく鬱陶しさを感じてたの。どうせ他人に良く思われたいから人助けをしてるんだって、偽善の裏には何かしら汚いものが隠れてるんだって。ずっとそう思ってあなたのことを毛嫌いしてた」
彼女の気持ちは痛いほど分かる。確かに前世の俺と彼女を比べると性格、容姿、ほぼすべての点において異なっているが、俺も多くの人に対して同じような感情を抱いていた。表で優しい奴は振り撒く優しさ以上の悪意や欲望を持っているのだと。
そして俺は人を信じ続けなかった結果を知っている。周りの人をただ恨み、嫉むだけの虚しい人生を。自分の周りには誰一人おらず、ただただ機械的に人生という作業をこなしていくだけの悲しい人生を。
「……でも、今回の件でその考えは少しだけ変わった。……世の中にはあなたみたいに馬鹿が付くほど優しい人が少数だけどいるんだって」
でも、彼女は俺とは違うみたいだ。望月さんは真面目で賢い。新たな考えを自分の既存の考えに組み込み、より良いものへと昇華させることのできる人間だ。……もし、もしも前世の俺が彼女みたいに柔軟な思考を持っていたら……いや、考えない様にしよう。
「高橋君、ごめんなさい。そして私のことを助けてくれて本当にありがとう」
「気にしてないよ、それとどういたしまして」
彼女の言葉に俺はシンプルに返事を返す。言葉が思いつかなかったというのもあるが、これ以上何かを付け足す必要がないと考えたからだ。
「でもダメ出しを一つだけするなら高橋君は部活動にもう少し積極的に参加した方が良いと思うわよ」
先ほどまでの少し重たい空気を吹き飛ばすように、望月さんは悪戯な笑みを浮かべながら俺に文句をそっと投げてくる。
「茜先輩に活動に参加しなくていいって言われてるんだよ。それに茜先輩が引退したら俺文芸部やめるつもりだし」
「あら、それは惜しいわね。じゃあ副部長権限で高橋君には雑用係として残って貰おうかしら」
「職権乱用って言うんだぞそれ」
「冗談よ」
何とも言えない絶妙な距離感だ。近すぎず遠すぎない、おそらくこれが普通の男女の友人関係という奴なのだろう。……そう考えると俺の女性で仲の良い人って結構距離近いんだなぁ。絶対男として見られてないですね、俺賢いから分かるんだ。
「それじゃあ俺こっちだから。傘ありがと、望月さん」
「……青葉でいいし、さん付けしなくてもいいわよ。その代わり私も名前で呼ばせてもらうけど」
「そっか。じゃあ改めて、傘ありがと青葉」
「どういたしまして。気を付けてね、晴翔君」
今後望月さん……青葉から敵対的な視線を向けられることはおそらくないだろう。今後自らから話しかけにいくことはあまりないとは思うが、俺への認識を改めてくれたのは嬉しいことだ。……それにしても──────
「つ、冷てぇ……」
俺こっから家まで雨に打たれながら帰らないといけないってマジ?
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