第42話 じゃあ───
「晴翔~足大丈夫そうか~?」
「大丈夫、ものくそ痛いけど」
「それを大丈夫とは言わないんだよなぁ」
先日の望月さんがぶっ倒れるという事件から数日経った。どうやら何かしらの後遺症が残るとかそういう重い物ではなかったらしく、現在彼女は穏やかに友人たちとの談笑を楽しんでいる。
かくいう俺は望月さんを助けるために名誉の傷を負い、右太ももが無事肉離れを発症。全治1~2週間歩くだけで痛みが生じるというストレスフルな生活を強いられることとなりました。この程度の傷で大きな怪我になる可能性を潰せたのなら良しとしよう。
「でもまぁお互いに軽傷で済んで良かったな。最悪体育祭に出れなくなるなんてこともあったし」
「それな……あ、これ体育祭さぼる理由になるんじゃね?」
「それは俺が許さんから安心してくれ」
「安心とは」
ゴリゴリの運動部犇めく体育祭。文化部、そしてインドアの俺にとっては楽しみではなく地獄の祭典である。見てるだけとかできたらいいんだけどなぁ……まぁ無理でしょうけど。
「次移動教室だって、行こうぜ晴翔」
「あ、歩きたくない……」
「今すぐ立たないと右太ももぐりぐりするぞ」
「怪我人!もっと労わって!」
「ほらうだうだ言ってないで行くぞー」
「あーい……ってぇ」
右太ももに走る痛みに耐えながら俺は颯太と共に教室を後にした。
「やっべぇ……傘忘れた……お、終わった」
時は過ぎ、半数以上の生徒が部活動へ行く時間帯となった。現在の空模様は大雨、ニュースで数日間は雨が続くと言っていたがそれが見事的中した。
「しょうがねぇなぁ、ほれ折り畳み傘貸してやるよ」
「ありがとうございます晴翔様、明日何か奢らせていただきます」
「別にいいよ、俺普通の傘持ってきてるし」
傘を忘れて絶望していた友人に俺は救いの手を差し伸べる。別にこれくらいええんやで。
「いやぁ詰んだかと思ったわ。まじでありがとな」
「どういたしまして。明日ちゃんと返せよー」
「あったりまえよ」
「それじゃあそろそろ帰る──────」
「あっ、高橋君!」
いざ帰ろうと重い足腰を上げるとクラスの女子から声が掛かる。
「どうしたの井上さん」
「今日提出の課題出てないけど出せそう?」
「……あっ」
し、シンプルに存在を忘れていた……。カバンの中を探してみればあら不思議、まるで新品の様に真っ白な課題プリントがあるではありませんか。……はぁ~(くそでかため息)。
「ごめん井上さん、やるの忘れてたから自分で出すよ」
「うん、わかった」
「……どんまい」
「あぁ~まじでみすったわ~」
机に張り付くようにして寝そべる俺の肩を颯太はポンポンと叩く。やっと帰れると思ったのにこの仕打ちはかなり精神的に効く。正直課題のことを無視して今すぐにでも帰りたい。
「ちなみにそれ地味に時間かかるから頑張れ」
「励ましたいのか絶望させたいのかどっちかにしてくれ……」
黙々と作業を進めること数十分、ようやく課題を終わらせた俺は職員室へと課題を提出しに行った。日頃からごますり、もといお手伝いをしている先生だったこともあり特にお咎めはなかった。日頃から徳を積んでおいてよかったです。
「さて、帰りますかぁ」
片づけと軽い掃除を終えた俺は玄関へと向かう。相も変わらず空は灰色に染まっており、全くと言って良いほど雨が止む気配を感じられない。
「一時的にでもいいから雨止まないかなぁ……」
ほとんどの人がそうだと思うが俺は雨の中を歩くという行為が嫌いだ。風情を感じられるとか、音が好きだとかそういう理由で雨の中を歩くのを苦に感じない人もいるが、俺はそうではない。どのくらい嫌いかと言うと小学生がピーマンを嫌いなのと同じくらいに嫌いだ。ちなみに俺はピーマン好きです。
「ど、どうしよう……」
声のする方へ視線を向ける。そこにはぼんやりと外を眺める、何かしらにお困りの様子の女子生徒がいた。……まぁこの状況で傘を差そうとする気配が見られないから十中八九傘を忘れたとかそういうのだろうなぁ。
あの子には申し訳ないけど俺はクールに去らせてもらうぜ。親御さんに連絡するか誰か友達が来るのを待っていると良いと思います。じゃあ俺はこの辺で失礼しますね──────
「って出来れば良かったんだけどねぇ」
雨が校舎を打ち付ける音を聞きながら灰色の空をぼんやりと眺める。結論から言うと女の子に傘を貸してしまいました。し、仕方なかったんだよ!気が付いたら体が勝手に動いてたんだよ。ま、まぁ女の子が雨の中を走るよりも俺みたいな野郎が走った方が風邪をひくリスクは……
あっ、俺今絶賛肉離れ中で走れないんだった。……やっべえええええ詰んだあああああ!!
自分でも呆れるくらいのポンコツさに俺は一人頭を抱えることになる。最近名誉の云々を負い過ぎではないだろうか、人助けをし過ぎたせいで俺の体はボロボロだ!
「どうすっかなぁ……」
途方に暮れながらどうやって家に帰ろうか頭を悩ませる。颯太を待って途中まで傘に入れてもらうか?んー……でもこっから約2時間も待つのはちょっと辛すぎるしなぁ……。かと言って傘立てに入ってる傘を勝手に使うのは嫌だし……鈴に迎えを……いや、流石に迷惑だな。となると………
「歩いて帰るしかないかぁ……」
傘で手が塞がれるの嫌だとは言ったけどそうじゃないんよね。……風邪ひかないか心配だなぁ……。いくら人生経験豊富()な俺でも怪我と病気のダブルパンチは結構きついんだぞ。
「ま、まぁ家に帰ってすぐお風呂に入れば大丈夫か」
覚悟を決めろ俺、早歩きできないかつ普段よりも歩くスピード遅いから大分時間かかると思うけど頑張れ俺。あ、でも風邪ひいたら一日中寝れるから右太もも的にはありがたいのか…?
「……高橋君?何してるんですか?」
「あれ?望月さん?何でこんなところに」
「見てわからない?家に帰るためよ」
あ、そうですよね。なんか変なこと聞いちゃってすみません。
俺の突拍子もない質問に望月さんは呆れた表情で淡々と答える。相も変わらず嫌われているみたいだが、今回に関しては俺が全面的に悪いため大人しく否定的な感情を受け入れることにする。
「具合はどう?」
「おかげさまで元気よ。……助けてくれてありがとう高橋君」
「いいよ、気にしないで。大きな怪我とか無くて良かったよ」
深々と頭を下げる望月さんに俺は気にするなと軽いノリで返事をする。これをきっかけに仲良くなりたいわけでもない。まぁあからさまな敵意を向けるのをやめてくれるならありがたいけど、別にそれとこれとは関係ないからやっぱどっちでもいいやぁ!(投げやり)
「それで高橋君は……聞かなくても分かりそうですね。傘を忘れたんですか?この時期に」
「いやぁ友達に貸しちゃって」
「……馬鹿なの?」
「かもねぇ」
見知らぬ人に貸したからこうなっているのだが、このことは別に言う必要ないと思ったため、颯太に折り畳み傘を貸したことだけを話す。呆れの表情と共にシンプルな毒が飛んでくるが、俺はそれを笑いながら適当に右から左へと受け流していく。
顔見知りの人にずぶ濡れになってるとこ見られたくないから出来れば早めに行って欲しいなぁ……。
このまま自分を嫌っている人と話すのも気まずい。正直死体蹴りをしないでそのままお家に帰って欲しい。俺のライフはもう既に0……ではないけど赤ゲージに突入してるの。
「高橋君、はい」
「……はい?」
「見て分からない?傘を貸してあげると言ってるの」
「いや、いいよ。俺は走って帰るし」
実際は走れないが流石に女の子から傘を奪うのは申し訳なさすぎる。だったら風邪ひくリスクを背負って雨の中堂々と帰る方が良い。
「助けてくれたお礼よ。それに私家近いから」
「大丈夫大丈夫、それ言ったら俺もそんなに家離れてないから」
「気にしないでいいのよ?」
「そっちこそ俺のこと気遣わなくていいんだよ?」
中々譲らない俺に納得がいかないのか、望月さんは鋭い目つきでこちらのことを見つめてくる。だがここは譲れない。確かに濡れるのは嫌だが、傘を借りる方が精神的なダメージが来る。だったらまだ自分の身体を犠牲にする方に天秤は傾く。
「………そう、じゃあ──────」
ようやく折れてくれたか。親切を無下にしてしまうのもそれはそれで申し訳ないがここは大人しく引いてもらうとしよう。
「わ、私の傘……入る?」
「はい?????」
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