第41話 嫌な予感はよく当たる

「今日の体育何すんの?」


「今日は……おーい松浦、今日の体育って何すんのー?」


「マラソーン!」


「おっけー!おわったわー!!……だってさ晴翔」


「やべぇ急に腹痛が──────」


「おう、お前も道連れだぞ」


「は、話せ颯太!俺は2,30分も走り続ける自信はねぇ!!どっかで絶対にぶっ倒れる!」


「そん時は俺がおぶって保健室まで運んでやるから安心しろよ」


「倒れてる時点で安心できねぇよ!」


 先ほど身に着けたばかりのジャージの裾をがしっと掴む颯太の腕を何とか振り払おうとするも、純粋なフィジカル差により振り払うことは叶わなかった。何回か抵抗の意思を示すも、ただジャージの裾が伸びるだけという結論に至り、俺は大人しく颯太と共にグラウンドへと向かう。


「じゃあ、準備運動終わったら20分間走ってもらう」


 先生から告げられた死刑宣告に近い言い渡しに、運動の苦手な生徒はもちろん運動部の生徒からもため息が漏れ出る。マラソンは球技と違ってさぼることが出来ず、ずっと足を動かさなくてはならない。俺の様に体力のない生徒は地獄を見て、部活動に打ち込み体力がある生徒もこんなところで体力を使いたくないと思っている。


 この授業において唯一得をする存在が先生。生徒たちが息を切らし、汗水鼻水流しながら走る姿を眺めるのはさぞ絶景だろう。まじでマラソンとかいう授業無くしてくれ。


「まぁじでだりぃなぁ……出来るだけゆっくり走ろうぜ晴翔」


「もちろん、歩いてる方が早いレベルの遅さで走るわ」


「多分それ先生から注意入るから多分無理だぞ」









「はぁ……はぁ……」


 地獄のマラソンが始まって10分が経過し、日頃から運動を怠っている俺はもう既に限界を迎えていた。倒れるほどきついというわけではないがもう既に心臓の音がうるさいほど聞こえてくるレベルには息が上がっている。


「……晴翔大丈夫か?」 


 流石は運動部といったところか、多少息切れはしているが颯太はまだまだ余裕そうな表情を浮かべている。


「ぎ、ぎづい……後十分もあるとか……先生は俺たちのことを殺しに来ているとしか思えない」


 正直喋るのすらきつい。流石にもうちょっと運動した方がいいなと自分でも思うレベルで俺の体力ゲージの消耗が早い……というよりも最大値が少ないといった方が正しい。


「まぁまぁ、きつかったら途中歩いてもいいっぽいぞ」


「はぁはぁ……いや多分足止めたら動けなくなるから走り続けるわ」


「晴翔は真面目だなぁ……じゃあ後十分頑張るか」


「あっ……やっぱさっきの言葉なしで」


「なっさけねぇな」


 後5分ならまだギリギリ耐えられたが10分は流石に無理だ、もう……無理だ。普段の語彙力の五分の一くらいしか言葉が思いつかない。運動部の人達は良くあんな雑談しながら走れるな……。


 ただまぁこれも体力づくりの一環だと思えば頑張れる……頑張れるかなぁ……?


 一定のリズムで呼吸をし、一定の歩幅で足を動かす。出来るだけ体力を損耗しないようにただひたすらに足を動かし続ける。後5分、5分間足を動かし続ければようやくこの地獄から解放される。最初はあんなに長く感じていた5分も、今となればあっという間に過ぎていくだろう。この調子で頑張るぞい。


 ……あれは─────────


 自分の先少し先で揺れている藍色の髪に俺は目を惹かれる。おそらくは望月さんだろう。彼女は大分ふらつきながらも懸命に足を動かしている。


 望月さんも運動苦手そうだしなぁ……。


 彼女はその見た目からも分かる通り、勉強はできるが運動は出来ないという文化部のプロトタイプのような少女である。真面目な性格の彼女はきっと15分間真面目に走り続けていたのだろう。足はふらつき、まっすぐ走る事すら難しい様子。


 ………大丈夫か?あれ。


 ふらふらと右に左に逸れながらも必死に足を動かしている望月さんを見て、俺は不安に駆られる。何か嫌な予感がしてならない、このまま彼女を放置していたら悪いことが起きる。そんな胸騒ぎが既にうるさくなっていた心臓をまくし立てる。


 あぁ……俺も限界近いんだけどなぁ……。


「っておい!晴翔!!」


 俺は颯太の声を無視してギアを上げる。既に筋肉痛を発症していた太ももとふくらはぎから悲鳴が聞こえるがそれすら振り切って望月さんとの距離を詰める。


「っ!?望月さん!!」


 出来ればして欲しくなかったが嫌な予感が的中する。彼女の体がついに限界を迎えたのか、まるで糸が切れたように地面へと傾く。それを見て俺は思いきり地面を踏み込み倒れ行く彼女の体を支える。


 いっっっっっっったあああああ!!!!


 彼女の体を支えるべく、無理に力を入れたせいか俺の右太ももに激痛が走る。俺はその痛みを何とか堪え、望月さんを落とさないように抱えながらその場にしゃがみ込む。


「晴翔!先生!!望月さんが倒れました!!」


 すぐに状況を理解した颯太が大きな声を上げて先生を呼ぶ。おそらく先生方が彼女をすぐにでも保健室に連れていくだろう。


 ひとまず間に合って良かった……。あのままだったら頭を打ってより大変なことになってたかもしれない。彼女の大怪我を俺の太ももの激痛で防げたのだ、これは名誉の傷である。……後で俺も保健室言って湿布貰ってこよ。げ、激痛が痛い。

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