第44話 怒っています
「ただいまー」
十数分の時間をかけて俺はようやく家へと辿り着く。雨も滴るいい男という言葉があるが、さすがにこれはその言葉でも救いきれないだろう。
「おかえり……ってお兄ちゃん!?」
上機嫌な様子でやってきた鈴乃は俺のこの見るも無様な姿を見て、驚きの声を上げる。
「傘持って行ってたよね!?どうしてそんなに濡れてるの!?」
「いやぁ……友達に貸したらこうなっちゃったんだよねぇ」
「もうお兄ちゃんてばぁ……今すぐタオル持ってくるから待ってて!」
「ごめん鈴、ありがと」
鈴乃はトタトタと足音を立てながら小走りで洗面場へと向かう。
き、気持ち悪い……。べたりと張り付く制服を今すぐにでも脱ぎたいが、背負っているかばんも濡れてしまっているため変に動くことが出来ない。出来るだけ玄関は汚したくないから今は大人しく鈴乃を待つかぁ……。
「はい、お兄ちゃん。それと荷物はここに置いてね」
「ありがと鈴、すごい助かる」
鈴乃は拭く用のタオルと共に濡れた荷物を置く用のタオルの2枚を持ってきてくれた。俺の妹優しいしめっちゃ気が利くし……天使か?天使だったわ。
「ああ、あと今すぐお風呂貯めるから待っててね」
「何から何までありがとな鈴」
「どういたしまして」
「ふぅ……疲れたぁ……」
お風呂に入り終わり、雨で濡れてしまった諸々の物の処理を終わらせた俺は自室のベッドに倒れこむ。ずぶ濡れになったが、すぐに体を温めることが出来たのでおそらく風邪をひくことは無いだろう。本当に鈴乃には感謝しかない。
「お兄ちゃん、入るよ?」
「どうぞ」
俺は体を起こし鈴乃を部屋に迎え入れる。
「結構濡れちゃったけど大丈夫?寒かったらすぐに暖かい飲み物入れるからね?」
「お風呂に入ったから多分大丈夫だよ。ありがと鈴乃」
「全然気にしないで。あ、でもね?お兄ちゃん」
「うん?」
鈴乃がこちらへとやってきて背中からぎゅっと抱き着いてくる。
「万が一風邪ひいちゃうなんてことになったら大変だから私が温めてあげるね」
「……そっか、それじゃあお願いしようかな」
「任せて!」
鈴乃の優しさを無下に出来るはずも無く、俺は彼女のことを二つ返事で受け入れる。背中から伝わる体温はとても暖かく、おでこを擦り付けているのかほんの少しだけこそばゆい。
「……鈴?」
しばらくしてから彼女の腕にぎゅっと力が入る。一体どうしたのだろうと声を掛けると少し籠った声が聞こえてくる。
「私はほんの少しだけ怒っています。どうしてか分かりますか?」
「……俺が濡れたせいで色々手間をかけちゃったからとか」
「んーん」
背中越しに鈴乃が首を横に振っているのが伝わってくる。どうやらこのことで怒っているわけではないらしい。俺鈴乃を怒らせるようなこと他にしたっけ。……全くと言って良いほど心当たりがないんだよなぁ。
「ごめん鈴、分かんないや」
「答えはお兄ちゃんが自分を大切にしていないことです」
顔は見えないがおそらく鈴乃は不満げな表情をしていることだろう。
「お兄ちゃんが優しいのは知ってるし、すごい良い事だとは思うけどお兄ちゃんは今怪我人なんだよ?もしこれで風邪引いて怪我が長引いちゃったらどうするの?」
「お、おっしゃる通りです……」
「お兄ちゃんはもう少しだけ自分を大切にすることを覚えた方が良いよ。人助けのせいでお兄ちゃんが怪我したり体調崩したりするの、私あんまり見たくないな」
「ご、ごめん……」
鈴乃の意見はすごくもっともなものだった。風邪を引けば動かなくて済むという安易な考えを持っていた昔の自分を殴り飛ばしたい。ただでさえ鈴乃は俺が怪我したことを気にしているというのに、そこに風邪まで引いてしまうのは鈴乃に余計な心配をかけるだけだ。
「分かってくれればいいよ。でも親切なのがお兄ちゃんの良いとこなのは知ってるから程々にね?」
「うん、ありがと鈴」
それから俺は鈴乃に体を温めてもらいながら、夜ご飯の時間までゆっくりとした時間を過ごすのであった。
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