第45話 いつもと違う朝

「「いってきまーす」」


 ガチャリとドアを開けると、しとしとと雨粒が空から降り注いでいた。天気予報によると明日明後日と雨が続くらしい。それにも関わらず傘を貸してしまった俺はなんと馬鹿だったのでしょう。


「じゃあ行こっかお兄ちゃん」


「そうだな。ああ、俺が傘持つよ」


「ほんと?ありがとお兄ちゃん」


 俺は鈴乃から傘を受け取り、学校への道のりをゆっくりと歩いていく。折り畳み傘と通常の傘、どちらも手元にない俺は鈴乃の傘にお邪魔させてもらっている。折り畳み傘を貸してくれればいいと言ったのだが、「折り畳み傘しまうの大変だから一緒の傘に入ろ?」と言われたため大人しく鈴乃の提案に従うことにした。


 確かに折り畳み傘は便利だが、濡れてしまえばどこに置くべきかという悩みの種をばら撒いてくる。傘立てに立てるのもあれだし、かと言ってカバンの中にも入れれないというある種呪いの装備へと早変わりするのだ。


「……鈴、ちょっと近くない?」


 ちょっと近いどころではなく、がっつり俺と腕を組んでいる鈴乃にやんわ~りと距離を取らないかと話をしてみる。別に歩きずらいというわけではないが今は登校中、他の生徒もこの通りをがっつり歩く。こんなところを見られてしまえばあらびっくり、学校中で大ニュースとなること間違いなしだ。


「くっつくかないと濡れちゃうでしょ?それに大分早く家出たから大丈夫だよ」


 俺と鈴乃は怪我をした足を考慮し、いつもより大分早い時間に家を出ている。確かにいつもよりも生徒の数は少ないが、それでも不安要素が消えたわけではない。一応鈴乃の名誉のために言ってるんだけどなぁ……。


「安心してお兄ちゃん、学校近くなったら離れるから」


「なんなら俺傘から出よ──────」


「ダメ」


「はい」


 それから鈴乃とお喋りをしながら足を動かしているとあっという間に学校へと到着した。俺が思ったよりいつも通り歩けたため、想像よりもかなり早い時間に学校に着いてしまった。ただそのおかげか、俺と鈴乃が相合傘をしている所を目撃した生徒はかなり少ないだろう。良かった、最低限の傷で済んだぜ。


「兄さん、帰りはどうしますか?」


「帰りは多分傘帰ってくるだろうし、大丈夫だよ。気遣ってくれてありがとな鈴」


「いえ……それじゃあねお兄ちゃん」


「ああ、また後で」


 鈴乃は周りに人がいないことを確認し、普段の様に砕けた言葉で別れの言葉を告げる。俺は感謝の意を込めて頭をそっと撫でて、同じように言葉を交わした。








 いつもよりも早い時間帯に学校に着いたせいか、教室はがらりとしていた。普段であれば既に颯太が学校に着いているため適当に雑談をして時間を潰すことが出来るのだが……まぁ今日はぼーっとしてるかぁ。


「おはよう晴翔君」


「おはよう青葉」


 ある程度荷物の整理を終えると、青葉が俺のところへとやってきた。彼女は俺と違い毎日早い時間に学校に来ているのかもう既に諸々の整理が終わっていた。


「昨日は大丈夫だったかしら?」


「ああ、うん。おかげさまで。改めてありがとう青葉」


「気にしないで。それに晴翔君がしたことの方が大きいのだから。そういえば、今朝はどうやって学校に来たのかしら?傘は持っていないはずよね?」


「今朝は妹の傘にお邪魔させてもらったんだよ」


「晴翔君って妹がいたのね」


「うん。今年入学して来たんだ」


「へぇ、今度妹さんにぜひ会ってみたいわね」


「似てなさ過ぎて驚くと思うよ」


 まさか嫌われていた人間とこうもすんなりと和解することが出来るとは全く思わなかった。正直、今こうして話してるのにもまだ違和感を感じる。人ってすぐに変われるんだなぁ……人間の力ってすげー(小並感)。


「おっはよー!あれ?晴翔がこの時間にいるなんて珍しいね?」


 それからしばらく他愛もない会話を続けていると、美緒が悪天候を跳ね除けるほどの明るさを振りまきながら教室に入ってきた。


「おはよう美緒、相変わらず元気だな」


「それが私の取り柄みたいなとこあるからね。あ、望月さんもおはよー!」


「おはようございます神崎さん」


「そういえば晴翔は足大丈夫?」


「まだ治ってないけど大分良くなったよ。この調子だと体育祭までには間に合っちゃいそうだわ」


「なーにをそんな残念そうに言ってるのさぁ!お祭りだよ!?楽しまないともったいないよ?」


「それを言えるのは運動が得意な奴らだけなんだよ」


 陽キャ陽キャしている発言に俺は苦笑を浮かべる。知ってますか?体育祭って運動が苦手な生徒にとってはただの晒し上げ大会にしかならないんですよ?


「晴翔君、怪我ってどういうこと?」


「この前の体育の時にちょっとね」


「あれ?望月さんもしかして聞いてない系?」


「別に知らなくてもいい事だろ……」


 俺がなるべく大事にしたくないかつ、ぶっ倒れた青葉に追い打ちをかけるようなことをしたくないと思った俺は、自分が怪我をしたことはほとんどの人には話していない。まぁシンプルに「ダッシュしたら肉離れしました!」と言ったら仲いい人に煽られそうな気がしたため言わないようにしていたのもあるが。


「んーまぁそれもそうだね。ごめん、望月さん変なこと言っちゃって」


「……その……ごめんなさい」


 青葉はなんとなく予想がついたのか申し訳なさを滲ませながら俺に謝罪の言葉を述べる。


「いやいやいや、気にしないで。シンプルに俺の運動神経が悪いのが原因だし。それに軽傷だったから全然気にしないで?」


「そうそう、晴翔が日頃から運動してないのが悪いんだから。望月さんがそう気負う必要はないんだよ?」


「いちいち刺してくるなよ美緒」


「でも事実じゃーん」


「それはまぁ……」


 ぐ、ぐぬぬ……。実際運動神経が悪いせいで怪我をしたのだから思うように言い返せねぇ……。


「それでも私のせいで晴翔君に怪我をさせてしまったのは変わりないわ。今度何かしらの形で埋め合わせさせてもらうから」


「いや全然気にしなくていいからね?」


「私の気が済まないだけよ。それじゃあ私日直の仕事があるから、またね晴翔君」


「お、おう……またな」


 有無を言わせぬ言葉の勢いに俺は押されてしまった。別に気にする必要はないのだが……まぁ夏休みを挟めばこんなちんけなことは忘れるだろうからそんな気にしなくてもいっか。


「晴翔ってもっちーと仲良かったんだね」


「美緒もそう呼んでんのかよ」


「本人の前だと怒られるからいないとき限定だけどね。でも晴翔ともっちーってあんまり仲良くなかったよね?」


「それはそうだな。まぁ、俺に対して負い目を感じてるんでしょ。そのうちただの知り合いみたいな関係に戻ると思うよ」


「……鈴ちゃんが聞いたら怒りそうだなぁ」


「なんか言った?」


「何にも言ってないよー」

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