第116話 頑張ってね

「ふぅ……」


 スマホの電源ボタンをポチっと押し、自分の顔が反射したスマホをベッドの上に投げるように置く。そしてそれと同時に過剰に力の入っていたせいか強張った体を同じようにベッドへと放り投げる。


 き、緊張した……でもとりあえず良かった……。


 いつも寝るときに使っている抱き枕をぎゅっと抱きしめ、体の底から押し寄せる嬉しさと恥ずかしさを散らすようにベッドの上でうねうねうねうねと身を捩らせる。


「んふふ……んふふふ~」


 自分の朱色の髪が乱れることなどお構いなしに、表情をだらしな~く崩しながら嬉しさを噛みしめる。


 明日すっごく楽しみだな~……。色々回って、一緒に文化祭を楽しんで……それで……


「んふふふ。ま、まずい……口角が下がらないや」


 脳を支配する甘酸っぱい妄想に頬が痛くなるほど口角が上がる。人に見られてはいけない顔とは今の私の顔を指すのだろうなと思ってしまう。正直自分でも今は鏡を見たくない。


「はぁ……早く明日が来ないかなぁ──────ってちょわ!?」


 突如耳元で軽快な電子音が鳴り響く。緩やかだった心拍数が一気に跳ね上がると同時にリラックスしていた私の身体もびくりと飛び上がる。


 いつもはマナーモードにしているのだが、晴翔君からの連絡をすぐに返せるようにとマナーモード解除していたため、久しぶりに聞いた電子音に一瞬何が起こったのかパニックになったのはここだけの話だ。


「……もしもし。どうしたの蓮?」


「もしもし茜、今時間空いてる?」


「うん大丈夫だよ。というか蓮の方こそ大丈夫なの?生徒会、忙しいんじゃない?」


 先ほどの電子音を流した犯人は幼馴染であり親友でもある蓮だった。


「実はかなりスムーズに仕事が進んで今日はもう終わったんだよ、それで今はちょうど下校中だね。まぁでも明日は多分どの生徒よりも遅く帰ることになるだろうけど」


「ほんとすごいよね蓮は。まだ文化祭始まってないけどお疲れ様。親友として誇らしいよ」


「ふふ、ありがとね茜」


 生徒会長としての最後の務め、それが文化祭の運営。どの生徒よりも重い責任感を背負い、多くの仕事をこなす彼女。そんな彼女にまだ早いが労いの言葉をかける。私だったらそんな重圧には耐え切れない、本当にすごい人だ。


「それで?明日の文化祭に関して何か伝えることでもあるの?」


 下校中にかけてくると言う事は何か緊急性のある内容なのかと蓮に質問する。一応これでも文芸部の部長だからね、一応。


「いや?特に何もないよ?茜の声が聴きたかっただけ」


「何その甘いセリフ。そういうの私じゃなくて後輩の女の子とかにした方が良いと思うよ?」


「冗談だよ冗談」


 ふふっと笑う蓮だったがこの幼馴染は男女問わずモテるが、男子よりも女子の方からモテる。中学の頃からよく女の子から告白されていたし、そのせいで中学時代は酷い目にあったこともある。あの時はすごかった……って今はどうでもいっか。


「それで?聞きたいことって何さ」


「晴翔君のことだよ」


「はっ!?」


「そんなに動揺しなくてもいいじゃない。私と茜の仲でしょ?」


 予想していなかった名前が出てきたせいで私は素っ頓狂な声を上げてしまう。晴翔君の名前が出たせいか、それとも変な声を蓮に聞かれてしまったせいか私の顔はみるみる熱を帯びていく。


「それで?ちゃんと晴翔君のこと誘った?」


「それは……まぁ……うん」


「え、もしかして断られた?」


「断られてない!明日一緒に回ろうってさっき話してて……あ」


「へ~さっき話してたのかぁ……いやぁそれは茜には悪いことしちゃったかなぁ?」


「ちがっ!電話じゃなくて文面でだから!!」


 電話越しで分からないが蓮のにやにやした表情が脳内に映し出される。その表情をしているかどうか定かではないが軽く蓮の腕を引っぱたきたくなってきた。明日辺りにでもどついておこう。


「そっかそっかぁ。いやぁひとまず良かったね茜」


「……まぁね」


「でもまだ油断はしないこと。明日でちゃ~んと晴翔君のこと落とすんだよ?」


「お、落とすって……」


「何言ってんの茜。文化祭終わったら晴翔君との繋がりも薄れちゃうんだよ?その前に決着付けないと後悔することになるんだからね?」


「それは……そうだけど……」


 連は何も間違ったことは言っていない。この文化祭で私は文芸部を引退する。そうなれば晴翔君と関わる機会はほとんどなくなってしまう。これが最後のチャンスだといっても過言ではないのは分かっている。けど──────


「蓮……私怖いよ」


 一言だけ。蓮も色々な準備で疲れていると分かっているためあまり多くは語らない。それでも一言だけ私はか細い声で不安を漏らす。


「大丈夫だよ、茜なら。きっと大丈夫。……それに今年私が誰のために頑張ったか分かってる?」


「何のこと?」


「キャンプファイヤーのこと。あれ茜のために頑張ったんだからね?ほら、告白するにはうってつけだと思わない?」


「告白……ま、まぁ確かにロマンチックだとは思うけど……」


「でしょ?そのために色々と準備したんだから良い報告聞かせてよ。あ、そろそろ切るね。また明日、茜」


「うん、またね蓮」


 私はベッドにゆっくりと倒れこむ。


 明日……頑張れるかな。……大丈夫、きっと私なら何とかなる。今の私なら頑張れる。


 心臓がきゅっと締め付けられる感覚を覚える。心地よさと苦しさが混ざり合い、切ないという気持ちがどんどん込み上げてくる。


 この文化祭できちんと私の想いを伝えるんだ。この大きな感情をしっかりと言葉にするんだ。


 既に芽吹いてしまったこの感情はもう止められない。必ず咲かせてみせる、私の恋という……いや私の初恋という大輪を。






 更新頻度下がってきてすみません!そしてコメントやいいねありがとうございます!とても励みになります!!


 やっと文化祭だぁ……

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