第117話 文化祭の始まり

「「いってきまーす」」


 起きてから心臓付近が妙にそわそわする中、俺と鈴乃は朝ご飯を食べたり身支度を整えたりといつも通り学校へ行く準備をして学校へと向かう。土曜日に学校へ行くというのは憂鬱そのものなのだが、文化祭となれば話は180度変わる。おそらく俺達以外の生徒もワクワクしながら家を出ているだろう。


「今日は楽しみだねお兄ちゃん」


「鈴は去年見てるだけだったけど今年は参加する側だもんな」


「うん、だから楽しみだけどちょっと緊張してる」


 中学校の文化祭と高校の文化祭は規模感が異なる。もちろん学校によっては高校と同じ規模感でやるよという場所もあるとは思うが、生憎俺達が通っていた中学校は小規模な文化祭だった。そのため鈴乃が緊張してしまうのも無理はない。しかも初めて接客をするとなればなおさらだ。


「大丈夫、鈴ならちゃんと出来るよ。主戦力になること間違いなしだ」


「えへへ、ありがとお兄ちゃん」


 俺は鈴乃の頭を優しく撫でる。すると鈴乃は嬉しそうに目を細めてぐりぐりと頭を擦り付けてくる。何だこの可愛い生き物は……あ、俺の妹か。


「あ、そうだお兄ちゃん」


「ん?どうした鈴?」


「今日の午前中私家庭部のシフト入ってるの。だから茜先輩と一緒に遊びに来てね」


「……是非遊びに行かせてもらうよ」


 ピタリと俺の体が止まる。「え……気まずいんですけど……?」なんて言えるはずも無く俺は鈴乃の提案に大人しく頷く。想像するだけでなんか居た堪れないんだけど誰か助けてくれない?あ、無理ですかそうですか。


 ちなみに昨日の夜だが、俺は鈴に茜先輩と一緒に文化祭を回ることになった経緯を話した。正直に話したからか、或いは最初から正座でいたのが功を奏したのか怒られることなく許しを得られた。あの時の俺は先生に宿題を忘れたことを伝えに行くときの50倍は緊張していたのはここだけの話である。


 昨日から思ってたけど鈴も成長したなぁ……。前までは絶対に俺が茜先輩と回るって聞いたら怒ってめちゃくちゃ不機嫌になってただろうに。妹の成長する姿が見られて嬉しいと同時にとうとう兄離れの最初の一歩を踏み出したと考えると寂しい気持ちになった。俺もそろそろ妹離れをしないといけない時期か……。時というのは恐ろしく速く流れるんだなぁ。流石の俺も見逃しちゃったね。





 


 ひとまずお兄ちゃんを家庭部に来るように言えた……。後はお兄ちゃんが家庭部に遊びに来た時にどうするか判断しよう。ふふふ、私の文化祭は既に始まっているのだ。

 

 私は心の中で小さくガッツポーズを取る。私は昨日茜先輩とお兄ちゃんが一緒に、二人っきりで文化祭を回るという情報を手に入れた。だが私はそんな浮気性のお兄ちゃんを咎めることなく許してあげた。とても偉い。


 だがしかし、そう上手くいくとは思わないことです茜先輩!もしも……いやほとんどあり得ないとは思うけどお兄ちゃんとちょ~っと良い雰囲気になってたとしたら私が格の違いというものを教えてあげる!


 そう、わざわざ家庭部に来るようにお兄ちゃんに言ったのは他でもない。どうせ二人で回るのであれば自分の監視できる場所にお兄ちゃんを留めておきたいからだ。


 昨日のお兄ちゃんとのやり取りはしっかりと覚えてるからね、茜先輩自らが家庭部に行くことをご所望ならば話は早い。茜先輩と長い時間雑談をして時間を稼げばお兄ちゃんと二人きりの時間は減る!なんて私は天才なんだ!やっぱりお兄ちゃんの妹だからかな?







 放送部のアナウンスによって文化祭の始まりが告げられる。今頃体育館では生徒会によって注意事項の説明や始まりの挨拶なんかがされていることだろう。基本的にステージ上の生徒会は普段の真面目さとは裏腹にネタマシマシワライオオメになるので見ておきたいなぁという気持ちはあったが、俺は体育館から離れたいつもより人気のする廊下を通り、文芸部の部室へと足を動かす。


「失礼します……って大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫!少し手が滑っただけだから」


 俺がノック無しにドアを開けたのが影響したのか、茜先輩はびくりと体を揺らし、手に持っていたスマホをがんっ!と机に落とす。


「奇遇ですね、自分も昨日盛大にベッドからスマホ落としたんですよ」


「そんな奇遇嬉しくないなぁ…液晶割れなかった?」


「ちょっとヒビ入っただけで済みました」

 

「サムズアップするところじゃないよ、晴翔君」


 画面の端にちょっと亀裂が入っただけだ……少し画面が見にくくなる程度だから無問題!


「よし、それじゃあそろそろ行こうか晴翔君」


「ですね……ん?」


 茜先輩が立ち上がり、俺の横へやってくる。その時甘く、それでいて華やかな香りが俺の鼻腔を突き抜ける。


「ど、どうかしたのかい?」


「いや、なんでもないです。行きましょうか」


 「香水ですか?」と聞こうか迷ったのだが、気持ち悪いと思われる気がしたため俺は何もなかったかのように部室を後にする。女の子っていい匂いがするという話は本当らしい、女の子ってすげー……。





 茜「香水つけてみたけど……へ、変に思われてないよね!?」

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