第118話 いいかほり

 文化祭が始まったばかりだというのに生徒たちの活気は凄まじいものだった。どこを見ようかと楽しそうにしている生徒と、彼らを引き留め自分たちの店に来ないかと明るく勧誘する生徒。校内でこれなのだから外の出店はもっとすごいことになっているだろう。若さってすごいね。


「さて、どこに行こうね」


「……どうしましょうね」


 気のせいなのかもしれないけどさ、今日の茜先輩ちょっと距離近くない???


 今日の茜先輩は一歩分距離が近い。ほんの少し腕を横に広げるだけで茜先輩と体がぶつかってしまうほどの距離感だ。しかも茜先輩がすれ違う人を避けるためにさらにこちらへと距離を縮めるものだから気まずくて気まずくてしょうがない。


 モニョモニョとした感覚が体に襲いかかり、今すぐにでも走り出したい気持ちになった。それに─────


 距離が近いせいで茜先輩の甘い香りがめちゃくちゃする!!


 ただでさえ気まずさが押し寄せているというのに、その気まずさに拍車をかけるような甘い花の香りが俺の鼻をくすぐる。やめて!これ以上すると封印していた記憶が蘇ってくるから!!


 生徒会をお手伝いしたときに起きた事故がフラッシュバックする。気まずさ100倍!春パンマン!!


「あ、そういえば……これ蓮からもらったんだよね」


 茜先輩は何か思い出したように制服の胸ポケットから外部からきた人用のパンフレットを取り出す。


「どうする晴翔君?どこから見にいく?」


「ちょっ!?」


「?どうしたの晴翔君」


「な、何でもないっす」


 え?なんでそんな平然としてんの……?お、俺がおかしいのか!?


 パンフレットを開き、一緒に見るためにずいっと距離を詰めてくる茜先輩に俺は思わず声が出てしまう。が、そんなことは知らないと言った様子で茜先輩は話を進めていく。それどころか先ほどよりも距離を近づけてくる。


「へ〜占いの館だって、面白そうだと思わないかい晴翔君?」


「確かに面白そうっすね」


 占いの館でもどこでもいいからとりあえず少し離れて欲しい。一応俺も男子高校生ですからね、甘い香りと柔らかい感触への耐性はとても低いわけで……。


「よし、それじゃあまずは占いしに行こう晴翔君」


「う、うっす」





 は……恥ずかしすぎるんだけど!!??


 晴翔君にばれないよう今にも暴れ出しそうな心臓を押さえつけ、なんとか平静を装ってはいるものの、今すぐにでも頭と体を冷やさないと倒れるのではないかと思ってしまうほど体温が上昇しているのが分かる。


 だ、大丈夫かな!?私の心臓の音聞こえてないかな!?後体温高すぎて暑苦しいとか思われてないかなぁ!?


 制服越しに伝わる晴翔君の感触と体温が冷静さを欠いた私の精神に、不安や心配という名の追い打ちをかけてくる。嬉しいはずなのに、それ以上の何かが私の心に襲い掛かる。


 だ、大丈夫……私なら大丈夫。蓮にもこのくらいぐいぐい行った方が良いって言われたし!


 ついさっき、朝のHRが始まる少し前のことである。




「おはよう茜」


「おはよう蓮、朝から大忙しだね」


「しょうがない事だよ。それにこれが私の最後の仕事だからね、むしろこのくらいの忙しさが心地いいまであるよ」


「そっかぁ……頑張ってね?」


「そんな引き攣った顔で言われても嬉しくないんだけど?」


 社畜根性凄まじい発言に私の表情は引き攣ってしまう。開門時間とほぼ同時に学校へきて、それからずっと仕事をしているというのに……それが心地いいとか私にはちょっと考えられない。


「ん?……んん~?」


「な、何?そんないきなりにやにやして……」


 すんすんと私の匂いを嗅いだと思えば、ニマニマとした表情を浮かべながら私の方へとすり寄ってくる連に私は距離を取ろうと身を引く。


「いやぁ?ただ普段は絶対にしないようなフローラルな良い香りがするなぁって思っただけだよ?」


「っ!」


 蓮の言葉に私の体がびくっと揺れる。そんな私を見て蓮はさらに口角を上げ、抱き着くようにして私の首筋にすんすんと鼻を近づける。


「……悪い!?」


 恥ずかしさが抑えきれなくなった私はキレ気味に蓮へと言葉をぶつける。やはり私みたいなのが香水をつけるとか良くなかったかと自己嫌悪の芽がすくすくと成長し始める。


「ごめんごめん、あまりにも茜が可愛かったからついからかい過ぎちゃった。……とても良いと思うよ、これで晴翔君も落とせるね」


「はっ!?」


「そんなに動揺しなくても良いじゃない?彼のためにせっかくつけてきたんだからさ。私みたいにぐいぐい体押しつけて意識させないともったいないよ?」


 私が晴翔君と……って何想像してんだ私!?


 すりすりと体を擦り付けてくる蓮に私のCPUが熱暴走を起こし始める。大分過ごしやすい気温になってきたというのに暑くて暑くてしょうがない。


「でもこれくらい積極的に行った方が私は良いと思うよ?今日で晴翔君のことを骨抜きにするって勢いが大事」


「……でも」


「恥ずかしい、でしょ?」


「……うん」


 流石は幼馴染と言ったところか、私の考えはとうに見透かされているらしい。


「茜なら大丈夫、絶対できる。可愛い可愛い私の茜ならその恥ずかしさすら人を魅了するアクセサリーになる。だからどんなに恥ずかしくても自分が思ってる以上にぐいぐい行くこと、分かった?」


「……私蓮のものじゃないんだけど」


「茜ってばけちだな~。晴翔君の物にならないうちに可愛がらせてよ~」


「なっ!?ちょっ、くすぐったいって!」



 


 今のところは私のメンタルが既に大ダメージを負っていること以外とても順調……と言ってもまだ文化祭始まったばかりだけど!でも、この調子で頑張らなきゃ!!


 私はぎゅっと拳を握り、気合を入れる。私の文化祭が皆より一足遅れてスタートしたのだった。


 先日自分の脳内会議の結果、更新頻度なんとかしよう委員会が設立され、更新頻度が1〜3日になると思います。……多分ね!!

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