第24話 笑顔って時々怖いよね

「…………」


 やっべぇどうしよう、めちゃくちゃ気まずい。


 不慮の事故とでも言うべきか、突如として暴れ出した茜先輩に後ろからもろ抱き着かれている様子を目撃されてしまった俺は、鈴乃からひしひしと感じる不機嫌さとどす黒い圧に冷や汗が止まらない。鈴乃が部室に入ってきたタイミングは史上最悪と言っても過言ではない、俺今日家に帰りたくねぇよ……。


「いやぁ、ごめんね。この頑固者のせいで見苦しいところを見せちゃって」


「頑固者って……俺は返そうとしたのに先輩が暴走したんでしょ。俺はちゃんと返そうとしてましたよ」


「嘘だね、だって私が離せと言ったのに君はすぐ離さなかったじゃないか」


「あれは先輩が急にくっついてくるから──────」


「んんっ!」


 鈴乃が大きく咳払いをする。やばい、そういえば俺の立場はかなーり危うい状況にあるのを忘れていた。俺は既に小さくなっていた体をさらに小さくする。ちらりと鈴乃の方へ視線を向けると、先ほどからニコニコと穏やかな笑みを浮かべている。が、その笑顔の裏側から何かしらが見え隠れしているのは気のせいじゃないはず。


「立て続けに本当にごめんね、私は小清水茜。文芸部の部長をやっている、これについては二人とも知っている感じかな?」


 これっていうなこれって。


「はい、私は高橋鈴乃と言います。そして隣に座ってるのが白川椿ちゃんです」


「……あぁ、どこかで見たことがあると思ったけど君、代表挨拶してた子じゃん。ほへぇ~間近で見るとよりかわいいですなぁ」


「おっさん臭いですよ先輩、それと妹にまでダル絡みしないでください」


「……ん?晴翔君さっき妹っていった!?」


「はい、鈴は俺の妹ですよ」


 義理の、という言葉はつくが今ここで言う必要はなかったため黙っておくことにした。


「いつも兄がお世話になってます、小清水先輩」


「……本当に兄妹?嘘ついてない?」


「嘘じゃないですよ、マジもんの兄妹です」


「こんなに可愛い子が晴翔君の妹──────晴翔君、ドンマイ」


「さっきのぬいぐるみについてあることないこと付け足して言いふらしますよ」


「ふっ、そんなことして良いのかい晴翔君。私、泣いちゃうよ?」


「何の脅しにもなってないんですけど……」


 







 何!?何なのあの先輩!めちゃくちゃお兄ちゃんと仲いいじゃん!!確かに最初の奴は仕方がないって割り切れるけどそれにしても普通に距離近くない!?距離が普通の男女より絶対近いよね!?


 鈴乃は笑顔の裏側で晴翔と茜の距離感が近いのを見てそれはもうとてつもないほどに不機嫌になっていた。


 とある人に誘われたって言ってたけど絶対小清水先輩のことだよね。私てっきり男の人だと思ってたのに……。


 ばれない様に兄の隣に座る少女へと視線を向ける。少し目つきは悪いがそれ以外は普通にかわいい。それにサバサバとした性格のせいかお兄ちゃんとの距離が近い、というか近すぎる。もうちょっと離れて欲しい。


 それであんなサバサバしてそうなのに実はぬいぐるみが好きとか……何!?狙ってるの?小清水先輩はお兄ちゃんの事狙ってるの!?もしかして一緒に部活をしているうちに心惹かれちゃったの!?


 ……まぁ確かにお兄ちゃんはかっこいいし優しいし気遣いもできるしモテる要素たくさんあるけどさぁ!ダメとは言わないというか言えないけどなんかこう良くないと思うんだよ!というかお兄ちゃんの隣は私の特等席って決まってるからすぐに離れて欲しいんだけど!


「鈴乃ちゃんどうかした?」


「いえ、なんにも」


 少しばかりオーラが漏れてしまっていたらしい。気を付けないと……でもいい加減お兄ちゃんと少し距離を置いて欲しい。というかお兄ちゃんもお兄ちゃんでその近すぎる距離感に気づいてよ!


「それで?もしかして二人は入部希望かな?」


「いえ、まだどの部活に入るか決め切れなくて……ひとまず全ての部活を見ようと文芸部に来ました」


「なぁるほどねぇ、確かに妹ちゃんは色んな所からスカウトされてそうだもんねぇ」


「まぁ……そうですね」


 「妹ちゃんって……お兄ちゃんの彼女面しないでもらってもいいですか?」と危うく言いそうになった口をぎゅっと瞑んで当たり障りのない言葉を返す。 


「ただ一つ言えることはうち……文芸部はお勧めできないってことかなぁ」


 ……はぁぁぁ?何ですか?お兄ちゃんとの愛の巣に私みたいなぶがいしゃは入るなって言いたいんですかぁ?それはもう宣戦布告と見なしていい奴ですか?敵として認識して良いんですか?というかもういいですよね?


「え、てっきり勧誘するのかと思ってたんですけど」


「いやぁ人がいなかったら誘ってたけど今年はもうたくさん来たし。それにこの子絶対他の部活行った方が充実した生活送れるでしょ?こんなこじんまりした部活より他所の部活行って楽しんでもらった方がいいからね……って何だいその顔は」


「いや……まさか先輩の口からそんな言葉が出るとは思ってなかったので」


「晴翔君は私のことを何だと思ってるのかな?」


 ……割と……というか普通に良い人だった。ごめんなさい、ちょっと好戦的な態度を取ったことをお詫びします。まぁだからと言ってお兄ちゃんを渡すつもりはさらさらないけど。ひとまず小清水先輩のことは要注意人物としてリストに入れておかなきゃ……。

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