第23話 棚からぬいぐるみ
出会って数分で足に引っ付いてくる時点で大分やばい人なんだろうなという認識があったが、実際のところはやばい普通の女の子という自分でもちょっと何言ってるのか分からない認識を茜先輩に抱いている。
やばいところは多々ある。お前本当にJKか?と聞きたくなるような言動をする時もあるが、根っこの部分はちゃんと女の子しているのだ。
まぁそのやばい部分があるからこそ気負いせずツッコミを入れたり、辛辣な発言を出来るという側面もあるため一概に彼女のやばい部分が悪いとは言えない。というか個人的には面白いなぁという感情を抱いてる。
「おー、今日は部室の片づけを手伝ってほしくてなー」
口をもごもごとさせながら話す茜先輩。正直聞きづらいから食べ終わった後に話して欲しい。
「なるほど……で何食べてるんですか?」
「ん?べっこう飴、食べる?」
「いらないです、それと食ってるもんこっちに見せないでくださいよ」
んべっ、と舌の上に乗っている黄金色の飴を見せてくる茜先輩に俺はジト目を向ける。容姿が整っているからまだ可愛いで済んでいるが、俺みたいな一般ピーポーがそんなことしてみろ、気持ち悪いと思われるどころか今後の学校生活すら危うくなる可能性があるんだぞ。なんだこの容姿格差社会は。
「てか今日までが部活動体験期間ですよね?もう片付けていいんですか?」
「ふっふっふっ、そのことについてなんだがなぁ。何と今年は豊作だ!もう既に3人捕まえてある!」
「おぉ……!」
「おぉ……!」とは言ったが他の部活からしてみればそんなに驚くことではないのだろうと自分の脳裏をよぎってしまった。ま、まぁ先輩の代を考えれば豊作ではあるのか。ひとまずおめでとうと言っといたほうが良いか。
「おめでとうございます茜先輩、これで文芸部は安泰ですね」
「うむ、これで来年人がほとんど入ってこなくてもやっていけるな」
「そんな悲しい未来聞きたくなかった。あぁでも、そんなに1年生が入ってきたなら俺ももうやめてもいいことになるのか」
「えっ」
驚きの声を上げると同時に体の動きをピタリと止める茜先輩。
「いやほら、俺って人数調整で入ってるよくわかんない奴なんで、腫れ物扱いされる前に抜けた方が良いかなと思いまして」
実は2年生には俺の他にもう一人文芸部の生徒がいる。まともに話したことは無いが、文芸部にぴったりの文学少女である。彼女が文芸部の部長になればいいし、人数の問題も新入生のおかげで解消されている。つまりもう俺はお役御免なのだ。
「ま、まぁまぁ落ち着きたまえよ晴翔君。君は我が文芸部に多大なる功績を残した優秀な部員だ、だから別に腫れ物扱いされるなんてことは無いと思うぞ?……多分」
「そこは言い切ってくれません?」
「と、とにかく晴翔君は私が引退するまで文芸部に残ってくれたまえ!これは部長命令だ!」
「こういう時だけ部長権限を乱用するの良くないと思うんですよ」
「うるさい!従わないと今この場で駄々をこねて精神的にも肉体的にも疲弊させてやる!」
「めんどくせぇな!……はぁ、わかりましたって。茜先輩が引退するまではまだお邪魔させてもらいます」
「邪魔するなら帰ってー」
「本当にやめますよ」
「冗談じゃーん」
へらへらと笑う茜先輩にため息を返しながら、俺は茜先輩とのやり取りで乱れに乱れた精神をお茶を飲んで落ち着かせるのであった。
「先輩これどうします?」
「んー……それもういらないから捨てちゃっていいよ」
「分かりました」
しばらくお茶を飲みながら雑談に花を咲かせた俺と茜先輩は本来の目的である部室の掃除を始める。一応新入生に用意していたものの片づけと、丁度いいからということで本格的に部室の掃除をすることになった。
大掃除と言えば普通ならかなりの時間がかかるものだが、この部室はそこまでの広さは無いし、そもそも部室にある物の半数は先輩の私物なため、多少の断捨離と隠していた私物を戻す作業がほとんどだ。そのおかげで今回の掃除は1時間もすれば終わりそうだ。
「先輩これは?」
「それはこっちに、それとそこにあるのはあっちに置いといてくれたまえ」
「うっす」
……にしてもまじで私物多いな。
文芸に関係ない雑誌類や、漫画。もちろん普通の小説や文芸に関する本もあるが、それ以外のものの場違い感がすごいため存在感が薄い。お菓子の貯蔵と緑茶、紅茶と種類豊富なティーバッグを見ているとここが高校なのかと少し疑いたくなってしまう。
「っとこれは……ぬいぐるみ?」
丁度腕に抱えれるサイズの猫のぬいぐるみが出てくる。茶色いふわふわとした毛皮に黒の縞模様が入ったちょっと眼付きの悪い猫だ。な、何故ぬいぐるみがこんなところに?
「っ!?晴翔君!それはそこに置いといていいから!今すぐそれを離したまえ!!」
「ってちょ!?」
突如背中から衝撃を感じる、後ろを確認してみると茜先輩がくっつき、ぬいぐるみへと手を伸ばしてきていた。この先輩は距離感どうなってんだマジで。
「わ、分かりましたから!離しますから一旦離れてください!」
「とか言って渡すつもりがないことを知っているぞ晴翔君!今すぐそれを渡したまえ、そうしたら離れてやる!」
なんでこんなところで変に頑固なんだこの先輩は……。とりあえず今すぐぬいぐるみを渡そう、そして落ち着いてもらうしかない。
「ほらせんぱ──────」
「失礼しま……す……」
「「……あっ」」
「どうしたの鈴乃ちゃん……って何やってるんですか先輩……」
扉が開かれる。その向こう側にはニッコリと笑顔を浮かべたまま固まってしまった鈴乃と、こちらを呆れたような表情で見つめる白川がいた。
さ、最悪だ……一番見られたくない、というか見られてはいけない人物に見られてしまった……。お、俺…死ぬ……のか…!?
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