第11話 新生活

「よぉ晴翔、割と久しぶり。それと今年もよろしくな」


「おう颯太。後二年よろしくな。ちゃんと部活行ってたか?」


「ったりまえよ!こちとら週4、5で部活だったわ。春休みとは名ばかりの部活動強化週間だったわ!」


「どんまーい」


 目の前に座る金髪少年の名前は竹林颯太たけばやしそうた。バレー部に所属しているゴリゴリのスポーツマンだ。高校一年の時に仲良くなり、学校では颯太と行動を共にすることが多い。


 俺の通うこの光葉こうよう高校は他の高校と同じように2年生になった時にクラス替えが行われる。3年に進級してもクラス替えは行われないため、今回のクラス替えは今後の高校生活の運命を決める割と大事なイベントだったりする。


 その大事なイベントにおいて仲の良い友人と再び同じクラスになれたのは割と運のいい方であろう。これでとりあえずボッチは回避することが出来た。いやまぁ別にボッチでも俺は耐えられるから別にいいんだけどね?……強がってるわけじゃないですからね?


「晴翔おっはよー!!」


「ぐほっ!……おはよう、それと朝から背中叩くなよ美緒……」


「いいじゃん捌に減るもんじゃないし!それとこれから二年間よろしくねー!」


「よろしく」


 俺の背中を叩いたのは長いオレンジ色の髪を結んだポニーテールの少女。今が朝であることを再確認したくなるほど元気な幼馴染は満面の笑みを浮かべている。


「あっ、そういえば今日から鈴ちゃんもこの学校に通うんだよね?」


「なんとこの後新入生代表挨拶を任されております」


「さっすが鈴ちゃん。私自慢の妹だよ」


「美緒のじゃなくて俺の妹な」


「いいじゃんちょっとくらい。このシスコンめぇ」


「その言葉は俺には通用しないぞ?なんて言ったって俺は自他ともに認めるシスコンだからな!」


「晴翔、それ胸張って言う事じゃないぞ?」


 苦笑いを浮かべながら俺にツッコミを入れる颯太。その表情からあまり大きな声で自分のことをシスコンだなんて言わないでくれという思いが感じられる。すまん颯太、でもこれ事実なんだ。


「あれ?颯太は鈴ちゃんに会ったことないんだっけ?」


「実は会ったことないんよね」


「え?去年の文化祭の時に会わなかったっけ?」


「会ってねぇよ。どこの男と勘違いしてんだ」


「急にヘラるのやめて?」


「もうまぢむり……ふて寝しよ……」


「はは、きも」


「颯太、さすがにちょっと……」


「二人から否定されるの割と辛いからやめてくれる?」


 急にヘラリだした友人に辛辣な発言を投げつける。絶妙に気持ち悪い声だったので致し方ない部分はあると思う。


「でもこの後見れるんだろ?妹ちゃんどんな子か楽しみだなぁ」


「手出そうとしたらぶっ飛ばすからな」


「こわぁ…シスコンこわぁ……」


「はい席についてくださーい」


 ガラリとドアを開けて先生が教室に入って来る。それを皮切りにがやがやとしていた教室が徐々に静かになっていく。クラス替えは概ね、というか大当たりと言っても過言ではない結果だった。後は鈴乃がクラスにちゃんと馴染めれば最高のスタートになるな。


 



 場所は変わり体育館。校長先生のありがたいお話()を右から左へと聞き流して早数分もうそろそろ終わってほしいなという思いが前後左右からひしひしと伝わってくる。今日はこの後授業が無く、連絡事項とその他諸々を済ませれば解散となるため、特に生徒たちの「話早く終われ」「ちょっと話長くない?」という思考がオーラとして具現化されている。


 これが……オーラか……!などと疑似中二病ごっこを一人で楽しんでいるといつの間にか校長先生のお話が終わっていた。


「新入生代表挨拶、高橋鈴乃さん」


「はい」


 そう校長先生のお話などただの前座に過ぎない。一部の生徒と先生と保護者の方にとってはありがたいのかもしれないが俺からしてみれば今から始まる妹の代表挨拶の方が何千倍もありがたいのだ。そもそも今日はこれを聞きに学校に来たのだ。出来ることならビデオ撮影しておきたいところだが、そんなことをすれば間違いなく生徒指導室行きなので大人しく瞳というレンズに収めることにしよう。


「かわいい…!」


「あの子めっちゃ可愛くね?」


 ほんの少し周囲がざわつく。ふっふっふっ、俺の妹が可愛いのは当たり前だろう。鈴乃は可愛くて頭もよくて運動もそこそこ出来る。どこに出しても心配はいらないそんなパーフェクトな子なのだ。


 俺は周囲の反応を聞きうんうんと頷く。いやぁ身内が褒められるというのは気分が良いなぁ。


「うわっめっちゃタイプなんだけど…後で話しかけてみようかな」


 あぁ!?てめぇ誰に向かって話しかけようだってぇ!?お前みたいなやつに鈴乃はもったいなさすぎるわ!!30年くらい男磨きしてから出直せや!!


 声のした方向へばれない様に鋭い視線を向ける。確かに妹はモテる、中学の時もめちゃくちゃ告白されてたっぽいし。ただ鈴乃に告白した男子はその悉くが玉砕している。鈴乃が男を振っている理由は知らないが、君たちみたいなよく分からん馬の骨には付き合うことは叶わないだろう。もし仮に鈴乃がお前らを許しても俺が許さないからな。


「柔らかな日差しが降り注ぎ、心地よい風が木々を揺らす今日この良き日──────」







「なぁ晴翔、鈴乃さんって本当にお前の妹なの?」


 鈴乃の挨拶を聞いてほくほく顔のままHRやら何やらを乗り越えた俺に、颯太が不思議そうな顔でこちらに質問してくる。


「急にどうしたんだよ。そうだっつってんだろ?」


「いや……あまりにもお前と違い過ぎて」


「そりゃ俺より妹の方が優れてるし容姿も整ってるに決まってるだろ」


「それでいいのか兄者よ……」


 いきなり当たり前なことを聞かれたが、颯太は初めて鈴乃を見るから仕方がないという結論に至った。すべてを完璧にこなす美少女、多くの人が鈴乃のことをこう認識しているし、実際ほとんどのことを完璧にこなしている。


 そんな鈴乃が俺より優れているのは至極当然のことであり、そのことに対して妬ましいとか恨めしいという気持ちは一切ない。むしろ俺は誇らしく思う。後方腕組おじさんならぬ後方腕組お兄ちゃんとして生きていけるなんて最高すぎるだろ。


「晴翔は昔からこうだから気にしない方が良いよー」


「昔からシスコンだったと?」


「その通り」


「本人が自信満々に言うんだから面白いよな」


 困っている颯太にフォローを入れる美緒、その声音は「あぁいつものね」とかなり呆れの混じったものになっている。美緒、お前もうちの妹の可愛さは十分知っているだろう?だから俺のこれも仕方のないことだと思うんだよね。


「ねぇ晴翔、鈴ちゃんってもうどの部活に入るか決めたの?」


「一通り見てから決めるって言ってたぞ」


「なるほどぉ~…よし、この後鈴乃ちゃんのとこに凸りに行かねば……」


「嫌がらない程度にな」


「鈴ちゃんは私のこと嫌がらないですぅ~」


「失礼します」


「鈴ちゃん!丁度いいところに!!」


 噂をすれば何とやら、愛しの妹鈴乃が前の扉から礼儀正しくお辞儀をしてから教室に入ってきた。その姿を見た美緒がたたたっと駆け出し、鈴乃に抱き着く。


「お久しぶりです美緒先輩」


「久しぶり鈴ちゃ~ん!さっきの挨拶すごい良かったよぉ!」


「ありがとうございます、すごく緊張しました」


「よしよーしよく頑張ったねぇ!」


 ぎゅっと抱き着いたままスリスリと頬ずりする美緒を鈴乃はにこやかな笑みをたたえたまま受け入れる。


「あっそうだ鈴ちゃん!」


「はい?」


「どの部活に入るか決めた!?もう決めちゃった!?」


「まだ決めてないですね、一通り見てから決めようと思ってたので」


「鈴ちゃん!テニス部はいつでも鈴ちゃんのことを歓迎します!今度体験会やるから遊びに来てね!!」


「は、はい。その時はお邪魔しますね」


「おい、鈴がちょっと引いてるだろ。少しは自重しろ」


「あうっ」


 鼻と鼻がぶつかってしまいそうな距離まで顔を近づけていた美緒の頭に力を全く籠めていないチョップを喰らわせる。


「兄さん」


「お疲れ鈴、さっきの代表挨拶すごい良かったぞ」


「本当ですか!ありがとうございます!」


 俺は手放しに称賛すると鈴乃はとても嬉しそうに笑う。普段であればここで頭を撫でるという行動が挟まれるのだが、鈴乃のメンツのために今はうずいている右手を抑えることにする。


 鈴乃は家と学校では口調や態度が180度変わる。家ではあんなに引っ付いているし口調も砕けたものになっているが、学校では基本敬語が外れない優等生へと変化する。隙のない完璧に近しい少女、それが学校での鈴乃だ。


「じーっ……」


「そ、そうだ鈴。ここに来たってことは俺に用事か?」


 視線を感じる。鈴乃からすごい視線を感じるが俺は見なかった振りをする。「撫でないの?」という幻聴が聞こえてきたが、ここはあえてスルーさせてもらう。心苦しいのは山々だがここは耐えるしかない。


「はい。兄さんもしよかったら一緒に帰りませんか?」


「ああ、分かった。ちょい準備するからそれまでそこにいる美緒の相手しといてくれる?」


「分かりました」


「私はペットじゃないんですけどぉ!?というか帰るなら私も一緒に帰りたいんだけど。鈴ちゃん私もついてって良い?」


「はい、もちろんいいですよ」


「颯太そういうわけで俺先帰るわ、またな」


「晴翔……お前本当に兄妹だったんだな」


「だからそう言ってんだろ」

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