第10話 朝から……

 あれから時は過ぎ、俺は高校2年生になった。時間というものは意外にあっという間に過ぎるもので、もうあと二年もすれば高校卒業、そしてすぐ大学生と時間の恐ろしさについて再び教えられることになった。


 ただ今の俺は前世に比べてとても充実した生活を送ることが出来ている。家族仲、友人関係共に良好。彼女はいないがそれでも二度とは来ないはずだった青春をこれでもかというほどに謳歌している。


「ん……」 


 俺は重い瞼をゆっくりと開ける。今日から高校2年生としての生活が始まる。が、まぁそこまで日常に変化は訪れないだろう。強いて言うならばまた妹と同じ学校に通えるようになったくらいの変化しかない。


「ふわぁ……ん?」


 眠気を外へ逃がそうと大きなあくびをして、体を起こそうとするも自分の身体に違和感を覚える。その違和感によってまだぼんやりとしていた意識が急激に覚醒する。一体この感触は何なんだ──────と焦ることはなく、代わりに俺は大きなため息を吐く。


「鈴、朝だぞ。それと俺のベッドに潜り込むなって言ってるだろ?」


 ペラリと布団をめくるとそこには俺の胸板に顔をうずめてすやすやと眠っている鈴の姿があった。そう、我が愛しの妹である鈴乃が俺のことを抱き枕にしているのである。


「ん…んぅ……お兄ちゃんもっと撫でてぇ……」


 俺に頭を撫でられる夢でも見てるのだろうか、鈴乃はぐりぐりと頭を擦り付けてくる。その姿が可愛すぎて俺は思わず頭をそっと撫でてしまう。


 妹を甘やかす。第二の人生が始まってからずっと目標にしてきたこの目標。俺は数年もの間、鈴乃のことを褒めて、甘やかして、我が子の様に大切にした結果。何という事でしょう、大変立派なお兄ちゃん大好きっ子が誕生してしまいました。


 いやね?ここまでは良いのです。嫌われるよりも好かれる方がこちらとしては嬉しいんですよ。ただ問題がありましてですね……


 極度のブラコンになっちゃったんですよねぇ。


 場所を問わず俺に引っ付こうとするし、スマホをいじってたりすると構え構えと引っ付いてきたり、現在進行形だがベッドの中に潜り込んできたり、挙句の果てには一緒にお風呂に入りたいなどとのたまってくるのだ。


 いやね?再度言いますけどそのくらい好かれているのはこちらとしては嬉しいんですよ。でも明らかに度が過ぎていると言いますか、兄妹の範疇を超えているのではないかという所が多々あるんですよ。それに鈴乃は今年から高校生だ。そろそろ兄離れが必要になってくる時期だと俺は考えている。出来ることなら俺に依存せず自立して欲しい年頃なのだが……。


「ん……ふわぁ…おはよおにいちゃん……」


「おはようって言ってすぐに二度寝決めようとしないで鈴。もうそろそろ起きないと遅刻するから、中学校と違って高校は少し距離あるから」


「……そうだった!!」


 俺の言葉を聞いて何かを思い出したのか、鈴乃はがばっと顔を上げ、そのまま器用に転がりベッドから降りる。


「今日から私お兄ちゃんと一緒の学校に通えるんだった!こうしちゃいられない、早く準備しなきゃ!!」


「……朝から元気じゃなぁ」


 今にもスキップしそうなほど上機嫌な足取りで部屋を出て行った妹を見て、孫を見るおじいちゃんの気持ちを味わうことが出来た。寝起きすぐで良くあんな元気になれるね君。




 

「鈴乃、忘れ物はない?」


「うん、大丈夫だよお母さん。さっきちゃんと確認したから」


「そう、ならいいわ。それじゃ晴翔君、鈴乃、いってらっしゃい」


「「いってきます」」


 あれから朝ご飯を食べたり、各々準備などをしてから俺と鈴乃は家を出た。


「……鈴さん?家を出て早々くっつかないでもらっても?」


 歩き始めてから十秒もしないうちに鈴乃は俺の腕へと引っ付いてくる。別に暑いわけでも歩きづらいわけでもないのだが、兄妹でこの距離感は普通のご家庭からしてみればさぞバグっているように見えるだろう。そのせいで鈴乃に友達が出来なかったり、ブラコンだと思われたりしたら彼女の3年間の高校生活が危うくなってしまう。


「えぇ?いいじゃん、別に減るものでもないんだしさぁ」


 「それめちゃくちゃ歩きづらくない?」と言いたくなるほど、先ほどよりさらに腕に引っ付く鈴乃。鈴乃さん、一応あなたの交友関係が減るかもしれないんですよ?


「あっ、それとも誰かに見られるのが恥ずかしいとか?もぉ、お兄ちゃんってば照れ屋さんなんだからぁ!」


「おでこぐりぐりしないの。それと恥ずかしいとかじゃなくて見られたら困るんだよ」


 俺の言葉を聞いた鈴乃の動きがピタリと止まる。そして先ほどまで綺麗な花が咲き誇るほど穏やかで、幸せな空気を放っていた鈴乃の空気が一変する。錯覚なのは理解しているが俺の腕、正確には鈴乃がくっついている腕近くの温度がいきなり下がった気がする。


「え、何?お兄ちゃんには私に腕を組まれてるところを見られたくない人がいるの?誰?男?それとも女?もし女だった場合は一体どういう関係なの?怒らないからちゃんと正直に話してお兄ちゃん」


 こ、怖いよ鈴乃さん!!


 鈴乃はハイライトの消えた瞳を俺の両目とがっちり合わせる。そんな彼女の眼差しからは絶対に瞳を反らさせないという意思がひしひしと感じられ、背筋がぞくりとなる。さらには感情が消えたのかと疑ってしまうほど起伏のない声音でまくし立ててくる。もしここで適当にはぐらかせばより痛い目を見ると脳が警鐘を鳴らしてくる。


「ち、違うって。鈴が俺みたいな男とくっついてたら変な噂が立つかもしれないだろ?学校始まって早々変な噂が立ったら鈴に悪いし、だからちょっと困るなぁって話!」


「……ふぅん、なぁんだ。お兄ちゃんは私のこと心配してくれてたんだぁ。てっきり好きな人が出来てその人に見られたくないのかと思っちゃったよ。ごめんね?早とちりしちゃって」


「ダイジョブダヨ」


 鈴乃が纏っていた冷たい空気が霧散する。彼女の瞳にもハイライトが戻り、あっという間にいつもの鈴乃に戻っていた。


「でも大丈夫だよお兄ちゃん。別に私、お兄ちゃんとの間に変な噂が立っても。というか鈴的には大歓迎だよ?」


「そういう冗談はよしなさい」


「あうっ。冗談じゃないのに……むぅ…」


 ポンと鈴乃の頭に手を置き少し乱雑に頭を撫でる。


 数年もの間甘やかし続けた結果、彼女は極度のブラコンになってしまった。それもヤが付くレベルのブラコンに。

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