第9話 お兄ちゃんと鈴
「鈴……乃……?」
どうしてここに鈴乃がいるんだ?
自己嫌悪がぐるぐると回っていた頭が一気に真っ白になる。何故ここに鈴乃がいるのか、どうして先に帰っていないのか。俺の頭はパニックを引き起こす寸前まで来ていた。え!?というかさっきお兄ちゃんって言った!?お兄ちゃんって言ったよね!?
「えっと…どうしてここにいるんだ?」
出来るだけ笑顔を作り、鈴乃がどうしてここにいるのか質問する。
「それは…お兄ちゃんを待ってて……」
「おう……」
鈴乃のあまりにも可愛すぎる発言に俺は思わず声が漏れてしまう。
え、何この子。ちょっと可愛すぎません?ていうかやっぱり俺のことお兄ちゃんって呼びましたよね?え、何?もしかしてこれ夢?それともドッキリとかそういう類のものですか?
「そっか、ごめんね鈴乃ちゃん。ちょっと探し物してたんだ、それじゃあ帰ろっか」
「うん」
「別に先に帰ってても良かったのに」という言葉が思い浮かんだが、彼女の優しさを無下にしてしまうと思った俺はその言葉を飲み込み、代わりに感謝の言葉を伝える。鈴乃はにっこりと微笑み、俺の言葉をすんなりと受け入れてくれた。
帰り道、最近は俯き気味で俺の一歩後ろを歩いている鈴乃だったが、今日はいつもよりも視線が上を向いているし、それに俺の後ろではなく隣を歩いている。それにどことなく表情が明るい。ふむ……もしかして嫌われてなかったりする?
自分の行動が鈴乃にとって悪影響を及ぼすのではないかと不安になっていたが、もしかしたら幸運にも良き方向へと向かった可能性がある。あの後の顛末を直接聞いてみたいが、中々話を切り出せない。というか今この状況すごく気まずい、可能なら逃げ出したいくらいだ。まぁしないんですけど。
「鈴乃ちゃん、あの後大丈夫だった?」
俺は覚悟を決め、大きな深呼吸をした後鈴乃へ話を切り出す。
「うん、あの後ね?佐藤君が謝って来てくれたんだ。お兄ちゃんのおかげ、ありがとう」
「そっ……か…」
俺の身体から力が抜ける。良かった、ひとまずは無事に解決したみたいだ。正直彼、佐藤君には悪いことをしたと思っている。いや妹にちょっかいかけてたのを許すつもりはないけれど、それにしてもちょっと大人げない対応をしたと反省している。……今度謝りに行こうかな?あぁでももう俺の顔は見たくないか、やっぱやめとこ。
「その……ごめんな?」
「?…なんでお兄ちゃんが謝るの?」
ひとまず謝ってみるも、鈴乃はどうして謝られたのか不思議そうな顔でこちらの顔を覗いてくる。
「いやぁ、鈴乃ちゃん誰にも相談してなかったからさ。もしかしたら自分で解決したかったのかなぁって」
「……ううん、実は相談しようかなとは思ってたの。でも……お母さんとお父さんに話したらすごく心配されちゃうし、それに今言うと迷惑かけちゃうかなって思って、それで……」
「鈴乃ちゃんは優しいんだね」
俺は優しい手つきで彼女の頭を撫でる。一瞬ピクリと体が反応したが、その後はすんなりと俺の手を受け入れてくれた。頭を撫でたのは本能によるものです。気づいたら勝手に体が動いてたんですよまじで。
「ちなみに俺に相談しなかった理由って……」
父さんや葵さんに相談しなかった理由は分かったし納得もした。じゃあなんで俺には相談してくれたなかったのだろう。……あれ?もしかしてあんまり信用されてなかったりする?そうだった場合今日は枕を濡らしはしないけどずっとベッドに引きこもる事になるよ?
「そ、それは……その……」
少し答えにくそうにする鈴乃。あっやっぱりこれ信用されてない奴ですか?
彼女を急かすことなく次の言葉を待っているとついに意を決したのかその理由を話してくれた。
「お兄ちゃんこの前、私に嫌なことする人はボコボコにするって言ってたから。もしかしたらって…」
「……あー……」
確かにそんなことを言ったような言わなかったような気がする。でもあれは一応比喩表現のつもりだったんですよ一応。まさか俺の軽はずみの言動によって妹を苦しめていたとは……げ、言動には気を付けなきゃね。
「一応冗談のつもりだったんだけどね。それにしても鈴乃ちゃんは優しいね」
「そ、そんなことないよ……お兄ちゃんの方がずっと優しいよ」
「というかすっごい今更なんだけどお兄ちゃんって……」
今更感がとてつもないが、シンプルに気になってしまった。個人的には超が何十個も着くくらいには嬉しいのだが……
「だ、駄目だった…?」
「いや?むしろウェルカムではあるよ?」
やべ、ふっつうにきもい発言しちゃった。さっき言動には気を付けようと決めたはずなのに。うわ、俺の戒め……脆すぎ……!あっという間に自分の反省をなぎ倒してしまいました。これからはこのようなことが無いように気を付けていきたいと思います。(説得力皆無)
「ただ今までそんな風に呼ばれたことなかったからちょっとびっくりしただけ」
「その…何度か呼んでみようとは思ってたんだけど…緊張とか恥ずかしさのせいで……」
「なるほどね」
まぁ出会って早々知らない人をお兄ちゃん呼びしろって言う方が無理あるよね。
「とりあえず解決したみたいでよかった。これからも何かあったら頼っていいからね鈴乃ちゃん」
「ありがとお兄ちゃん。それとね?その……」
「うん?」
少しの間沈黙が訪れるが、鈴乃は意を決してこちらをしっかりと見つめて口を動かす。
「私のこと、鈴って呼んで欲しいなって……その、仲良い子には鈴って呼ばれてるから…」
「……」
え……逆に呼んでいいんですか!?!?
めちゃくちゃオタクっぽい発言が頭の中で叫ばれる。呼んで欲しいってことは呼んで良いんだよな?え、大丈夫これ?俺が鈴乃ちゃんのこと鈴って呼んで後で気持ち悪いって思われたりしない?でも本人からの要望だから呼んで良いんだよね?
俺はパニック状態の頭を落ち着かせるべく、一度深呼吸をする。そして俺は隣にいる少女と目を合わせる。そして───
「分かった。じゃあこれからは鈴って呼ぶね」
「…うん!」
よかった、ひとまず嫌われてなくて本当に良かった。
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