第53話 お題は……

 私のテンションは絶賛下降中、こんなにみんなは盛り上がっているというのに私は今すぐにベッドにダイブしてそのままゴロゴロゴロゴロとのたうち回りたい気持ちでいっぱいだった。


 まさか障害物競走でぶっちぎりの最下位を取ってしまうとは……。100m走とか実力があんまり関与しない競技だからまだ平静を保ててるけど、それでも心に来るものがある。


 いや別に大勢の人に生暖かい視線を送られたことが嫌だという訳ではないし、そんなものは別にどうでもいい。ただお兄ちゃんに私のあんなところを見られてしまったのが嫌なのだ。


 これを口実に甘えに行って慰めてもう……という最高の作戦が脳内に現れるが今の私の精神状況でそんなことをしてまえば、だんだん元に戻りつつある精神状況がまた悪化してしまう。いち早くでもお兄ちゃんに甘えたい私としては今は唇を噛み切ってでも我慢しなければならない。


 まぁいいや、次はお兄ちゃんの走ってるとことか見れるし、それを見てこの下がりきっているテンションを上げるとしよう。


 出来れば100m走とかリレーとか全力で勝利を目指しているところを見てみたいが、お兄ちゃんは運動があまり得意ではない。借り物競走というかなり競走の部分が薄い種目でしかお兄ちゃんの勇姿を見れないのは残念だが、楽しんでいるお兄ちゃんの姿が見られると考えればこれはこれでアリかもしれない。



「位置について、よーいどん!」


 乾いた破裂音が鳴り響き、選手たちの足が一斉に動き始める。さて、お兄ちゃんは一体どんなのを引いたんだろうなぁ……あっ。


 紙に書かれた内容を見たお兄ちゃんの表情からかなり難しい、ないしは面倒なお題を引いてしまったことを察してしまう。他の生徒たちがわたわたとどこかへ駆けていくのに対して、お兄ちゃんは困ったように頭を抱えてその場を動こうとしない。


 少し悩んだお兄ちゃんはようやく足を動かし始める。悩んだ割には迷うことなく足を動かすお兄ちゃんを見て私は少し不思議に思ったが、お兄ちゃんのことだ、解決策が思いついたに違いない。……一体どんなお題が書かれてたんだろ。


「あ、いた。鈴ー!」


「ふぇ!?おに……兄さん!?」


 危ない!お兄ちゃんって呼んじゃうとこだった!よく修正した私、偉い!


 こちらへと走ってくるお兄ちゃんに私は目を大きく見開く。一体どうしたのだろうとお兄ちゃんの方に体を向ける。


「というわけで鈴、悪いけどちょっと貸してくれ」


「え、あ、ちょ兄さん!」


 ぴやあああああああ!!??そ、そんな強引に手を引かれるとか聞いてないんですけどぉ!?!?


 私の手を強引に握り、そして有無を言う暇もなく走り出したお兄ちゃんに私の目は初めてプールに遊びにきた子供のように泳いでしまう。


 いつもと違う感じがやばい!強引に手を引かれるとかちょっと私役得すぎるぅ……。でも優しくというか痛くならないようにちゃんと配慮してるところとかもう、好き。(限界オタク)


「ごめんな鈴、今回のお題ちょっと厄介なものでさ。友達に頼もうと思ったんだけどそいつが誰かに借りられてたっぽくて、他に頼めるのが鈴しかいなかったんだよ」


「ううん、大丈夫だよお兄ちゃん。お兄ちゃんにならいつでも貸し出すよ!」


「はは、そう言ってもらえると助かるよ」


 下向きだった矢印が急激な速度で上を向いたせいでテンションがおかしくなってしまったらしく、自分でもよくわからないことを言い始めてしまう。まぁお兄ちゃんが笑ってくれたからいっか!


 そ、それにしてもなんかこう……皆の前でこうして連れ出されるのちょっと恥ずかしいなぁ。これが兄妹じゃなかったらお題が「好きな人」とかで、告白されたりするのがテンプレだし。


「おーっと!ここで学校で知らない人はほとんどいない美少女を連れてゴールです!!これには会場の生徒、特に男どもが動揺を隠しきれていない様子です!!」


 会場がざわつき始める。まぁ私とお兄ちゃんの関係性を知ってる人ってそんなに多くないし、ほとんどの人は「付き合ってるの?」とか考えちゃうのも無理はないよね。それはそれとしてみんなからの視線がちょっと恥ずかしいです。


「さぁ会場の皆様、気になっているでしょうお題の発表と参ります。……こ、これは!?」


 会場がザワザワと揺れる。一体何が書かれていたのだろう。


「お題は……大切な人、です!!!」


 会場が騒然とする。ただでさえざわついていたというのに、それがさらに激しくなる。が、今の私の耳にそんなノイズのような音は全く入ってこなかった。


 え……ええええええええええええええ!?!?!?


 声には出さなかったが私はこれでもかと大きく目を見開き、お兄ちゃんの方へと視線を向ける。一体どういうことなの!?大切な人って……ま、まさか本当にこくは────


 そう考えた途端、心臓がバクバクと全力疾走した時のようにうるさくなり、体温が熱を出したかのように高くなる。


「お題は大切な人というわけですが……い、一体お二人はどういう関係なんですか!?」


 司会の人も少し動揺しているのか、食い気味にお兄ちゃんにマイクを渡す。


「鈴は俺にとって───────」


 お、お兄ちゃん……待って、私まだ心の準備が出来てないよぉ!!


 どっどっどっと心臓がこれでもかとうるさくなる。期待と不安がぐちゃぐちゃに混ざり合った感情がどんどん膨れ上がる。息をすることを忘れるほどお兄ちゃんの一挙手一投足から目を離せない。


 お兄ちゃんが大きく息を吸う。お兄ちゃんが言葉を発する直前私は溢れ出る感情に耐えきれず大きく目を瞑ってしまう。


「大切な妹です!!」


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