第91話 課題のお手伝い side鈴乃

「ねぇ鈴ちゃん、これってどうやったら解けるの?」


「その問題は……あぁ、この問題はこの公式を使って……」


「あ、そっか。これなら解けそう、ありがと鈴ちゃん!」


「良かった、頑張ってね椿」


「が、頑張る!」


 椿が問題に取り組む姿を見ながら、私は注文したポテトをつまむ。椿から宿題を手伝って欲しいというお願いを聞いたときは、かなり量が残っているのかと思っていたが、7,8割ほどは終わっていて少し驚いた。


 これ私必要かな?と思ったが、分からない問題をずっと放置していたらしく、一人ではどうしようもできないとのことらしい。椿は真面目で偉いなぁ……。この調子なら大分早く終わりそうだし、終わったらどこかに遊びに行くのも悪くないかも。


「数学終わり~……はぁ、ちょっと休憩しよ」


 それからしばらく椿を見守りながら口をモグモグとさせていると、数学のワークにあった空欄が無くなる。ひと段落着いたと言う事で椿は閉じたワークの上にペンを置き、大きく伸びをする。


「お疲れ様」


「ありがと鈴ちゃん」


 やばい、ずっとポテト食べてたからかめちゃくちゃ口が乾燥してる。飲み物で一回口直しをしないと……。


「……鈴ちゃん、一個聞きたいことがあるんだけど良いかな?」


「うん、いいよ」

 

 って答える前に飲み物飲ませて飲み物!今口の中カラカラの砂漠なの!


 椿の質問が来る前に私はストローを加えて水分を補給する。あぁ……潤いが……オアシスを見つけた人ってきっとこんな感じなんだろうなぁ……。


 ちゅうちゅうと飲み物を飲み進める私を前に、椿は大きく息を吸い、何かを決したような顔で喉を震わせる。


「鈴ちゃんは……先輩の事、どう思ってるの?」


「んぐっ!?……けほっ!けほっ!」


 え、ちょいきなり何を言ってるの!?先輩って……お兄ちゃんのことだよね!?な、ななななんでいきなりそんなこと聞いてくるの?というか飲み物変なとこ入ってめちゃくちゃ苦しい……。


「ご、ごめん鈴ちゃん!大丈夫!?」


「けほっけほっ……う、うん大丈夫だよ。そ、それでその……どういう事?」


 もしかしたら「先輩」がお兄ちゃんの事ではなく、別の先輩のことを指している可能性があることを考慮し、念のため詳細を確認する。


「その……鈴ちゃんはお兄さんのことをどう思ってるのかなって」


 ……間違ってなかったかぁ……な、なんでそんなこと聞いてくるの!?(2回目)


 自分の予想が間違っていなかったことに納得すると同時に動揺が走る。どうして椿が私にそんなことを聞いてくるのか、全く分からず私の頭は文字通り真っ白になってしまう。


 落ち着け、私。どうしてこんな話になったかを聞くところから始めよう。はい、深呼吸深呼吸。


「ふぅ……えぇっとなんでそんな話になったかをまず聞いても良い?」


「……この前一緒に夏祭りに行って、先輩が鈴ちゃんのことを見つけた後、ちょうど花火の時間が来たでしょ?」


「うん、ちょうど花火が始まったね」


「それでその時ちらっと鈴ちゃんの顔を見たらこう……すごい恋する乙女みたいな顔で先輩の事見てたから」


 ……み、見られてたぁ……!お兄ちゃんの顔覗き見してたのがっつり見られてたぁ!!


「そ、そんなことないと思うけどなぁ?ほ、ほら!きっと花火が綺麗で、それに夢中になってたんだよ!」


 私は何事も無かったかのように話を誤魔化し始める。引かれる……いくら椿でもこれは絶対に引かれる……!いくら義理とは言えど妹が兄に恋愛感情を抱いてるとか……絶対に気持ち悪がられる…!お、お願いだから「見間違いだったかも」って言って……お願い……!


「いや!あれは絶対に恋してる目だったよ!それで、どうなの!?」


 え、ちょなんで急にそんながっついてくるの!?なんか目が血走っててちょっと怖いんですけど!?

 

 いつもの優しくて可愛い椿とは違う、絶対に話すまで逃さないという強い意思を感じる、というか圧がすごい。


 どうしよう……ここで適当に誤魔化しても納得してくれなさそうだし……かと言って私がお兄ちゃんのこと好きだって言ったら絶対に冷ややかな視線を向けられる。でも椿なら話しても受け入れてくれる可能性はない訳でもないし……。


「ちゃんと話して鈴ちゃん!先輩の事どう思ってるの!?」


「ちょ、椿!声でかい!!……ああ、もう分かったから!正直に話すから!」


 傍から見たらお兄ちゃんの事を取り合ってるみたいに見えているだろう、とても恥ずかしい。椿って普段は良い子なのに変なところで頑固なとこあるなぁ……。


「んんっ……それじゃあ正直に話すね」


 私は喉の調子を整え、大きく息を吸う。もうここまで来たら話してしまうしかない。椿なら私のことを嫌わないでいてくれる……はず!


 それに話すと言った手前、「ごめん、さっきのやっぱなしで」と言ったら余計周りの人からの視線で居た堪れなくなるという状況が生まれかねない。ならもうここは腹を括って話すしかない。


「……私……お兄ちゃんが好き。家族としてじゃなくて一人の女の子として、お兄ちゃんのことが好き」


 ……い、言っちゃった。……でも大丈夫、椿ならきっと受け入れてくれ──────


 ゴンッ!!


「椿!?」


 私の言葉を聞いた椿は突如としてテーブルに頭から倒れこむ。


「椿、頭大丈夫!?」


「はは……うん、脳みそは正常に作動してるよ」


「そっちじゃなくて!すごい音したけど怪我とかしてない!?」


「大丈夫だよ鈴ちゃん、私頭が固い事で有名だから」


 椿はのっそりとした動きで体を持ち上げる。うわぁ……おでこ赤くなってる……。


「そっか……やっぱり鈴ちゃんは先輩の事好きなんだね。……でも先輩ならまだ……いや……」


 俯きながらテンションの低い声で呟く椿。後半の方は小さすぎて良く聞こえないが、ぶつぶつと何か言葉を発しているのはわかる。も、もしかして椿……お兄ちゃんのことが好きだったりするの……!?


「えー……っと……椿?」


「ふぅ……うん、鈴ちゃん」


「はいっ」


 何かを決めたのか、椿は私の目をじっと見つめる。いつの間にか声のトーンもいつも通りに戻っていた。いつにも増して真剣な椿に自然と背筋が伸びる。


 次に発せられる言葉が一体何なのか、それを想像した私はごくりと喉を鳴らす。椿が口を開き、そして──────


「私、鈴ちゃんのこと応援する」


「……へ?あ、うん。あ、ありがとう……」


 ぱちぱちと瞬きを繰り返した後、私は困惑しながらも感謝の言葉を返す。てっきり「私も先輩のことが好きなんだ」とか言うと思ってたけど……まさかの応援宣言だった。


 体に走っていた緊張が一気に霧散する。時間にしては僅かだが疲労感がすごい。


「その……椿は私がお兄ちゃんが好きなの変に思わないの?」


 色々なことが起こりすぎて混乱していた頭が冷静さを取り戻す。椿は自然と私の思いを認めてくれたが、気になったりはしないのだろうか。


「へ?特に変に思わないけど……何か変なところあるの?」


「だ、だって私達義理とはいえ兄妹なんだよ?兄妹で恋愛って……その、良くないじゃん?」


「……言われてみれば確かに」


 え、椿って天然じゃないよね?さっきまであんな鬼気迫る表情でお兄ちゃんへの好意について聞いてきたのに、なんでいきなりそんなポンコツになるの?


 温度差が激しすぎて、ついつい苦笑いが出てしまう。なんか今日はやけに椿に振り回されるなぁ……。


「うーん……でも血は繋がってないんだよね?」


「全く繋がってないね」


「じゃあ良いんじゃないかな?私も詳しいことは分からないけど問題ない気がする」


「……そっか」


 一番の懸念点がするりと解決し、何とも言えない空気が私の周りに充満し始める。受け入れてもらえたのはすごく喜ばしい事なんだけど……もっとこう、シリアスな感じになると思ったの私は。……まぁ、嫌われるどころか肯定的な感じだったから良しとしよっかな。


「椿が応援してくれるのすごく嬉しい、私頑張るからね!」


「ぐふっ……うん、何かあったら言ってね鈴ちゃん。いつでも力になるから……」


 ……肯定的……なんだよね……?


 力強く宣言する私を見て何故かダメージを負った椿を見て、私の脳はついに思考を放棄するのであった。

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