第64話 棚ドン
「うげっ……はぁ、何となく想像はしてたけどさぁ」
生徒指導室の扉を開けるとそこには汚部屋が広がっていた。棚には物がはみ出るくらい乱雑に詰め込まれており、テーブルの上も物で埋め尽くされている。こっからお目当ての物を探さないといけないとか……本気で言ってるの?
「うわぁ……私が言えたことじゃないけどこりゃひどいね……けほっ」
汚部屋を見た茜先輩もこれには苦笑い。物がぐしゃぐしゃになっている以外にも長い間掃除されていないせいか、部屋全体が埃っぽい。出来るだけ早めに作業を終えてこの陰気な部屋から抜け出さなきゃ。後で蓮先輩には定期的に掃除する様に言っとこ。
「とりあえず始めますか」
「だね、早くこの部屋から出たいし」
「もしあれなら俺一人でやりますよ?」
「流石にそれは駄目だ、私もちゃんと手伝うよ」
「分かりました」
こう言うところはちゃんとしてるんだよな茜先輩。だからこそあの蓮先輩と上手くやれてるのかもしれないのか。
真面目な茜先輩に感心しつつ、俺は作業を始める。開始早々「いつ使ったんだよ」とツッコミを入れたくなるようなものを発見して乾いた笑いが溢れてしまう。俺が生徒会の人間なら容赦なく捨てたのだが、今はただのお手伝いさん兼雑用。仕方がないためとりあえずテーブルの端の方にまとめておくことにした。
にしてもまじで汚ねぇな……。
整理整頓をしながら分かりきったことを考える。異臭がすると言う最悪の状況ではないが、この部屋を見るほとんどの人が「うわぁ……」と言うほどに物が散乱している。文字通り、物を放り込んでいたことが見て取れる。というか去年放り込んでたところを見てたしね。
「晴翔くーん、これって必要なやつだっけー?」
「必要ですね」
「おっけー、後はこの上か……うぬぬぬぬ」
黙々と作業を進める茜先輩、普段からはあまり想像できないほどの仕事っぷりに俺は驚きを隠せない。俺も先輩を見習って集中して作業しないとだなぁ。でもその前に……。
俺は一旦手を止め、茜先輩の方へと足を動かす。先ほどから足をプルプルさせて棚の最上段へと手を伸ばしているのだ。もう少ししたら届くかもしれないが、何かの拍子で棚に詰め込まれた物が決壊する可能性がある。こういう時は早めに手を打つに限る。
「っしょっと……先輩欲しいのこれですよね」
「ちょわ!?晴翔君!?」
茜先輩の後ろからお目当ての物を棚から取り出す。いきなり声をかけられたからか、それともいきなり手が伸びてきたからか茜先輩はものすごい勢いでこちらを振り向く。
「茜先輩っ!!」
体の向きを変えた際に、棚に寄りかかってしまったのだろう。茜先輩の頭上から、はみ出していた物が自由落下を始める。
ダンッ!!
「ひぅ……!?」
「……大丈夫ですか?茜先輩?」
「う……うん」
「ふぅ……それなら良かったです」
床にプリント類やノートなどが散らばる。そんなに重い物が落ちてこなくて良かった……。
大きく息を吐き出した俺は茜先輩と目が合う。彼女の頬はやけに紅潮しており、瞳もどこか潤んでいる様に見える。まるで恋愛映画のクライマックスシーンの様な顔をする茜先輩に俺の双眸はつい吸い寄せられてしまう。
あれ……?今の俺って…‥所謂壁ドンをしているのでは!?
冷静さを取り戻した頭が今の状況をお知らせしてくる。もう少し近づいてしまえばぶつかってしまいそうなほどの至近距離。なんなら足の方はほんの少しだけ触れ合ってしまっている。
そして茜先輩の顔の隣にある俺の腕。わぁ……これ壁ドンだぁ……って何やってんの俺!?
恥ずかしさが急に押し寄せ、俺は慌てて茜先輩から視線を逸らす。ドクンドクンと心臓の鼓動が速くなる。意識しない様にしなきゃと考えるも、一度意識してしまうと中々頭から離れないのが人間。逆に茜先輩と体がぶつかっているところの感覚が異常に研ぎ澄まされている錯覚を覚える。
一度は互いに逸らした視線が再び交錯する。先輩の恐怖と期待に満ちた表情に俺は生唾を飲む。雰囲気というものは非常に恐ろしい。もうこのまま流されてもいいのではないか?後先のことを考えず目先の快楽に走ってしまってもいいんじゃないか?と悪魔の囁きが脳に響く。
先輩の匂いが、呼吸の音が聞こえてくる。体重を前方向にかけるだけで俺と茜先輩は仲のいい先輩後輩という一線を越えることができる。
その思考が頭をよぎる事で俺の心臓は一層うるさくなる。茜先輩に聞こえていないか心配になるくらいに。
先輩が大きく息を吸い、瞳の奥を射抜くようにこちらを見つめる。
「……は、晴翔君………わ、私──────あうっ!?」
「先輩!?」
先輩の頭にノートの角がクリーンヒット。先輩は痛みのあまりその場に蹲ってしまう。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うん……一応大丈夫」
先ほど壁ドンをしたせいか、ノートが落ちてきたらしい。幸いにもそれ以外物が降ってくる様子はない。とりあえずノート一冊で済んで良かった……。
「「…………」」
顔を上げた先輩と目が合う。その途端に先ほどの光景が脳を埋め尽くしてしまう。それは先輩も同じだったのか、示し合わせたように俺と茜先輩は目を逸らす。
「さ、作業に戻ろうか」
「そ、そうですね」
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