第76話 もう1人の俺

「……あ、茜先輩?大丈夫ですか?」


 茜先輩はふるふると首を振り、俺の声に反応を示す。七不思議のうち4つ、つまり半分を見に行ったところで茜先輩がついに限界を迎えてしまった。しゃがんで動かなくなってしまったのである。ホラーが駄目なのは理解してたけどまさかこんなにも弱かったとは……。


「もう引き返しますか?」


「そ、それは……皆に申し訳ないし……」


 こうして動けなくなっったことにかなり申し訳なさを感じているのか、いつもよりもしおれた声が返ってくる。


 茜先輩が復活するまで待つという選択肢はあるにはあるが、いつ先輩が復活するか分からないし、この状況で茜先輩を連れ歩くというのはあまりにも酷だろう。


「青葉、1年生の子達と他の3つ回って来てくれないか?」


 連れ回すことはよろしくない、かと言って一人で放置するわけにも行かない。であれば俺一人が茜先輩と残って他の人達に回って貰おうというわけだ。こうすれば青葉たちは今回の肝試しを最大限楽しむことが出来るだろうし、茜先輩の心労も最小限に留まるだろう。


「でも……」


「いいって。俺達は先に外出て待ってるからさ、青葉たちは──────」


「あのぉ……」


 青葉と話していると1年生ズのうちの一人が少しおどつきながら声を掛けてくる。


「どうした?」


「いやぁ……実は私達も茜先輩みたいに限界が来てて……それで、私たちが茜先輩達と待っているので、先輩方で肝試しを楽しんできてくれないかなぁ……と」


「んー……だったらもう今日は終了ってことで皆で帰ろ──────」


「先輩!七不思議を全て見ないで帰るなんてもったいないと思いませんか!?」


「それはまぁ……そうかもしれないけど」


「ここは私達が引き受けます!先輩たちは先を行ってください!」


 え、何その唐突な死亡フラグ。学校の七不思議はボスとかじゃないんですけど?


「えーっと……ど、どうする?晴翔君」


 青葉が困ったようにこちらを見てくる。うん、俺も青葉に聞こうと思ってたんだよね。


 さて、どうするべきか。このままみんなで帰るのが一番良いかと思ったけど、1年生ズの意見も間違いではない。ここまで来たのに途中で引き返すのは流石にもったいない気がする。


「晴翔君……青葉ちゃん……私のことは気にせず先に言ってくれたまえ。後で合流しようじゃないか」


 さっきから何でそんな死亡フラグを立てに来るんだこの人達は。流行りか?流行りなのか?


「茜先輩……!」


 「茜先輩……!」じゃないんですよ青葉さん。そこ別に感動したり、茜先輩かっこいいとかならないからね?お化け屋敷を途中の出口から抜け出すだけだからね?


「晴翔君、行きましょう。皆の分まで学校の七不思議を調査するのよ」


「お、おう……」


 どういうわけかノリノリの青葉に、つい苦笑いが出てしまう。青葉ってもしかしてポンコツなところあるの?いや、真面目が故に茜先輩達の言葉を真に受けたという説がある。将来悪い人に騙されないかおじさん心配だよ。


 あ、というか鈴乃との約束が……。


 青葉の後を追おうと思ったが俺の脳内に、鈴乃の顔がフラッシュバックする。


「お兄ちゃん、約束破ったよね?どうしてそんなひどいことするの?私は信じて待ってたのに、お兄ちゃんは私との約束なんてどうでも良かったんだ」


 光の消えた瞳でこちらを見つめ、まくし立ててくる鈴乃の姿が上映される。その後の展開もなんとなく想像することができてしまった俺は、茜先輩よろしくピタリと足が動かなくなってしまう。


「……?どうしたの晴翔君、時間もあまりないのだから早く行きましょう?」


 ですよね!急に足止めたら不思議に思っちゃいますよね!


 急に足を止めた俺にそう声を掛ける青葉に、俺はなんて返そうか頭をぐるぐるさせる。「実は妹に女の子と二人きりになるなって言われてて……」と正直に言えば、俺はともかく鈴乃へのダメージが凄まじいことになってしまう。


 俺がシスコンなのはある程度広まっても問題ないというか、もう広まっているから傷は浅く済む。だが、ブラコンの兄貴の妹がシスコンでしたとなってしまえば学校の9割の人から奇異な目を向けられるのは明らか。俺の軽率な言動で鈴乃の学校生活を台無しにしたくはない。


 じゃあ──────


「待て!!待つんだ俺!!!」


 そ、その声は……もう一人の俺!? 


「そうだ、こうして脳内に直接語り掛けている。いいかよく聞け、ここは青葉と二人きりになるべきじゃない!鈴との約束を守るべきだ!約束を破り、そのことがばれたらどうなるか、賢いお前なら分かるだろ!?」


 まぁ大変なことになりますね。


「だから今すぐ引き返すべきだ!実は俺も限界だったと恥を忍んで皆の所に帰るべきだ!そうすればお前のちっぽけなプライドを犠牲にするだけで済む!」


 ……そうだな、俺が何のために生きているのか。そんなの分かり切ってるよな。俺は──────


「待つんだ!」


 そ、その声は……もうもう一人の俺!?!?


「そうだ、良いかよく聞け。女の子の前で、しかも仲のいい女の子の前でそんな情けないことしてみろ。お前の情けない噂は瞬く間に広がって頼りなくてなっさけない男のレッテルを張られる。」


 それは……結構メンタルに来るな。


「それにそんな情けない奴が兄だと知られたら……鈴に大きな迷惑が掛かってしまう!!」


 一理どころか三千里くらいある……。


「ここは鈴には申し訳ないが青葉と一緒に行くべきだ!後で鈴には土下座をすればいい!」


「いや、騙されるな俺!!ここは恥も外聞も捨てて鈴との約束を優先するべきだ!!お前が一番大切なのは妹だろう!?」


「その妹に迷惑をかけるのは良いというのかお前は!」


「そんなことは言っていない!そういうお前こそ妹を悲しませるつもりか!」


 脳内で激しい口論が始まり、選択権を持っているはずの俺が置いてけぼりにされてしまう。どちらの意見も間違っていないし、鈴乃のことを考えての物であるため中々決め切れない。正直もう思考を放棄したい気持ちで一杯である。


「……ると君……晴翔君!大丈夫?さっきからぼーっとしてるけど」


「っ!……ああ、ごめんちょっと考え事してた」


「ほら、早く行きましょう?早く終わらせて皆の所に戻らないと」


「……そうだな、パパっと終わらせちゃうか」


 そうだよ、早く終わらせてしまえば青葉と二人きりの時間も減るし、家にも早く帰れる。それに、少しの間二人きりになるだけならしょうがないことだと説明できるかもしれない。これは俗にいう一石二鳥という奴では?


 神からの啓示の様に第三の選択肢が下りてきた俺は、止まっていた足を動かし青葉の隣へと移動する。そうと決まれば行動あるのみ、手っ取り早く終わらせてしまおうじゃないか!

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